第16章 胎児の交換-5
第16章 胎児の交換(5)
芳子はマヤの話した意味がわからなかった。
「今からあなたの体にこのゴムを入れてあげるわ。重いけれど今の体型は保てるわ」
「今の体型って?」
「お腹の大きい姿よ。一生その姿よ」
「そんな……止めて。しないでちょうだい」
芳子は立ち上がろうとしたが、ベルトでしっかり括られていて指先を動かすことくらいしかできない。
「ダメよ。スパイとして当然受ける罰よ。……向こうでは妊婦は高く売れるのよ。しかも永遠の妊婦となればなおさらね。……言っとくけどこのゴムは一度入れると二度と流産しないわ。まあ取り出すこともできないけれどね。……ウレタンゴムはね。中に入れるときは加熱しておくんで流動性を持つけれども、体内にはいって冷えると半固体になるのよ。そしてお互いがしっかり結びいたゴムなのでちぎって取り出すこともできないのよ。……それをこのシリコンゴムの袋に入れて今から子宮内に入れてあげるわ。せっかく膨らんだ子宮だからね。……この機会を上手く利用しなくちゃ」
「いやよ。そんなことしないで。……ぜったい……いやよ」
芳子は腰を振ったが大した動きでは無かった。
「いやっ!……入れないでっ」
マヤはまず子宮内に風船のような半透明なシリコンゴムの袋を入れた。直径十センチくらいの厚いゴムの風船みたいなものだ。結構硬く、つるつる滑って、なかなか子宮内に収まらなかった。子宮口が二センチくらいしか開いていないために、作業はたいへんだった。
折りたたんでようやく中に収めてから、そのゴムの口に金属のパイプを繋いだ。
「さあ、あなたの新しい赤ちゃんを入れてあげるわよ。気に入らなかったら取り出せるけれど、子宮を大きく切り裂くことになって……どちらにしても二度と赤ちゃんは作れないわね」
子宮内にウレタンゴムがドンドン注入されていった。
「止めて!……しないでよぉっ」
流動性を持たせるために加熱されていた。
「熱いわ。止めて。……ああっ。……熱ついっ」
たちまちシリコンゴムの袋が一杯になった。
「さあ、これで妊娠五か月くらいね。この際だから八か月になるまでふくらませてあげるわ」
ウレタンゴムをさらにドンドン入れた。子宮の中でシリコンゴムの風船が膨らみだした。
「ううん。……痛ぁい。止めて。……もう止めて」
どのくらいの量が送り込まれたか、体内では直径十センチにはなったのだろうか。
「あああん。苦しい。……あああん。……もう止めて」
しだいに入りにくくなってきた。子宮壁が伸びなくなってきている。
「ふふふ。苦しい?……もう少しよ。せっかくですもの」
「ぎゃっ。……いたたっ」
とうとう芳子が失神してしまった。
「この方が作業がやりやすいわ。……このまま三時間もすればゴムは冷えて固まってくるわ」
こうして芳子の体内には、永遠に取り出すことのできない赤ちゃんがおさめられた。
ウレタンゴムの入ったシリコンゴムの袋は引き伸ばされて、出入口の部分を熱で封じられた。封じられて、余分な入り口の部分を切り落としたとたん、シリコンゴムの口は子宮内に飛び込むように入っていってしまった。これでもう、中のウレタンゴムは全く出てくることはなくなった。
またゴムが子宮から抜け落ちてくるのを防ぐために、鉗子で子宮口を引っ張り、根元にプラチナ合金のリングがはめられた。鉗子を取り外すと、子宮口は何事もなかったように元のへの字に戻った。
これでもう芳子一人では、ゴムの胎児を取り出すことは全くできなくなった。
「さあ、そろそろ熱もさめた頃でしょう。どう妊娠八か月の気分は?」
「ひどいわ」
「子宮はゴムボールを納めた、ただの袋になったわ……最初は収縮して中のものを出そうと頑張っていて、痛みが続くけれど、やがてあきらめて収縮もしなくなるから、痛みは徐々にとれてくるわ」
気がついた芳子は、しゃくりあげていた。
「ああ、そうそう言っておくけれども、妊娠すれば普通は、毎月のお客様は来なくなるんだけれど……」
「えっ?」
「今はね。……子宮を膨らませておくためにゴムに妊娠を継続するホルモンが入れてあって、しばらくは生理がないけれど、しばらくするとホルモンが少なくなって生理が始まるわよ。……いつから始まるかはホルモンしだいだけれど……とにかく、しばらくすると、あなたには毎月のお客様はあるのよ。妊婦の生理なんて変だけれども、その期間は男のお客を取らなくても良くなるかもよ。……先客優先、生理休暇だものね。……オッパイは残念だけど、やがてしぼんで垂れてくるわ。おばあちゃんのようにね。まぁ、あなたの胸はもともと小さいからそれほど目立たないけれど……」
芳子はこの先二十年近く、妊婦のまま空しく生理を迎えることとなる。
そして、老年になっても大きな腹を抱えていなければならないのだ。永遠の妊婦として。
芳子はまた気が遠くなっていった。
<第16章 胎児の交換 おわり>