変わること、変わらぬこと-1
また夏が来た。十三歳のイーラはすっかり学校に溶け込んでいた。二年前のことなど夢か嘘だったかのように本人は思っている。
うちに籍を移す話はうまく進んでいなかった。親権や国籍、それに、養育費と学費のことなどがあり、手続きの面倒さもさながら、親同士の言い分も双方にあるらしい。
「イーラを落ち着かせてやらないとかわいそうじゃないか。」
僕がそう親に持ちかけても
「ドンブロフスキーさんのお宅に何もかもお世話になっているんじゃ、結局落ち着かないだろう。」
と父は返す。
確かに、今の学校へ通うのでは、うちからは遠すぎるし、学費も払えない。ドンブロフスキーさんの所に住むしかなかった。
それで、うちの親とは滅多に会えず、また、ドンブロフスキーさんの一家とも、やはりイーラは夜しか会えない暮らしなのだった。僕は僕で優柔不断のまま、イーラの保護者に傍目は収まっていた。要するに、変わらぬ生活だと言えた。
イーラはそれでも明るかった。学校のおかげで、日々、楽しみこそすれ、周囲になんの不満も漏らさないのだった。イーラは学校に通う前よりなんだか幼くなった気がする。
ある日曜日には友達を連れてきた。その子もヨーロッパ系だったが、学校にそんな子はたくさんいるのだと言った。
「うちのお兄ちゃん。名前は誠。すごく優しいの。」
イーラが紹介するとその子は
「イザベルです。お兄さん、フランス語はできますか?」
「できません。」
イザベルは明け透けな好意を僕に示し、 僕が兄だと言われても疑問を持たないどころか、肩を寄せて、こう聞いた。
「教えてあげようか。イーラもクラスで習ってるの。」
茶色の髪が冷やりと腕に触れた。肘にはイザベルの、イーラより大きな胸が当たっている。僕は慌てて言った。
「Mi deziras paroli neŭtralan lingvon.」
「あれ、何語、それ。なんだか分かる。」
イザベルの質問にイーラが答えて
「うちは大体エスペラントなの。」
こんなことから、イザベルはエスペラントを、僕はフランス語を勉強するようになった。