ラサとビクトル-5
ドアが静かに開いた。サングラスとマスクをした男が注意深く入ってきた。ビクトルだった。立っているラサに気づいたビクトルは驚いて声を上げた。
ビクトルを見たラサはようやく事の次第をおぼろげに思い出した。
「なんであたし裸なの? それからその格好、なに? ここ、あなたの家?」
「僕の家だ。君が襲いかかってきて、倒れたから連れてきたんじゃないか。マスクは女のにおい防止、メガネは視界を守るためだ。」
「あたしが臭いってこと? 素っ裸にしておいて、なによ! ちゃんと見て、嗅ぎなさい。て言うか、あたしに何もしなかったの? ホモ?」
「この部屋で騒ぐなよ。特別に入れてやったんだ。君が粗相したから仕方なく脱がせたんだ。僕の部屋に来な。服ももう乾いただろう。」
「あたし、服なんか着ないからね。現実を受け入れなさい。」
ラサは裸のままビクトルについていった。
隣は洋間で、キッチンが付いたリビングになっていた。とは言え、やはり広くはない。しかも、部屋中が足の踏み場もないほど散らかっていた。
「まあ、座れよ。」
ラサは、場所がないのを足で作って、その場にしゃがんだ。膝を立てて、ビクトルに見せつけた。
「話なんかいいから。あたしの気持ち分からない? 床におしっこするよ。」
「気持ちって、トイレか。」
「ばか。女に恥かかせたんだから、責任取って抱けって言いたいのよ。」
「女は地面から離れられないで、人を引きずり下ろそうとする。」
見下げるようにビクトルは言った。ラサは変わらぬ怒った調子で
「マスク外しなさい。弱虫。」
ビクトルは取り合わず
「ドンブロフスキーさんの写真があっただろう。」
「あれがどうかした?」
「君は自覚が足りない。不真面目だ。」
「一年前はとっても真面目だったのよ。でも女に目覚めたの。誠ともときどきしているわ。あたしなんかより、イーラのほうが酷いんだから。あの子、子供のくせに誠を」
「ラサ!」
突然、周囲のあらゆる物が消え、広い空間に二人だけが浮かんでいた。果ての見えない、ただただ八方広がりの空だった。