齋藤春宮の悩み 〜想い、花開く〜-13
数日後。
型紙から起こしたドレスを見て、楓はうんうん唸っていた。
どうもいまいちデザインが気に食わない。
「む〜……」
「楓ぇ。ベンピしてる訳じゃないんだから、唸るの止めてくれない?
家庭科室の隅に陣取って、楓と同じく卒業制作に取り掛かっていた三年生が迷惑そうに言う。
受験勉強に充てる時間を削り取って卒業制作をしているのだから、そんな邪魔な横槍を入れて欲しくないのだ。
「んぁ〜……」
抗議を受けた楓は頭を冷やすため、近くのトイレへ行く事にする。
トイレ前の手洗い場でバシャバシャと顔を洗ってから、楓はハンカチが手元にないのに気が付いた。
家に忘れてきたハンカチの代わりになる物を探してばたばたしていると、目の前にハンカチが差し出される。
「よければどうぞ」
楓はそれを、素直に受け取った。
「お、サンキュー」
顔中の水分をあらかた拭き取ってから、楓はようやくそれが男物のハンカチである事に気付く。
もしやと思って隣を見れば、そこにいたのはやっぱり春宮だった。
「おーどうもどうも。洗って返すわ」
濡らしてしまったハンカチをポケットにしまおうとすると、春宮はそれを引ったくる。
「お気遣いなく」
どこか素っ気ない口調でそう言うと、春宮はハンカチをポケットに突っ込んだ。
「……何?」
拭きそこなった雫を指で拭っていた時、楓は春宮の視線に気が付いた。
熱情を秘めたような、物問いたげな、不思議な瞳。
「……何でもないです」
諦めたようなため息をつき、春宮は踵を返す。
その後ろへ、楓はついていった。
当然ながら、行く先は同じ家庭科室である。
春宮がドアを開けると、楓に文句を言った三年生が早くも帰り支度をしていた。
「あんたがまだ唸るようなら、あたしやる気ないわよぉ?」
「あ〜……ごめん」
その三年生が帰ると、室内は楓と春宮の二人きりになる。
物問いたげに、楓は春宮を見た。
春宮はぽかんとした顔で、やけに幅の広いデスクへ散らばる楓製作のドレスを眺めている。
「何かえらいパーツ多くないですか……?」
「ん?まぁね〜」
真面目に答えない事で回答を誤魔化した楓はスケッチブックを取り出すと、椅子に腰掛けて気合いを入れ直した。
「どうもデザインが気に入らなくてね〜。思い切って、やり直すわ」
スケッチブックの上でドレスのデッサンを捏ねくり回し始めた楓を見て、春宮は肩をすくめる。
そして、楓と差し向かいの位置に椅子を持ってきて腰掛けた。
「?」
半瞬、不思議そうな顔をした楓だったが……すぐに視線を落とし、デザインの捏ねくり回しへ戻る。
「………………」
はふぅ、と春宮はため息をついた。
二人きりの部屋で差し向かいの割と近い距離に男がいても無警戒な、楓の態度。
やはり自分は一人の男性もしくは一匹の牡として認識されていないのだという事実を、嫌になる程突き付けられている。
放課後の静かで爽やかな時の中……春宮は居眠りをこいてしまった。
楓の近くにいられる時間は、少ない。
部活が唯一と言っても差し支えない程に少ないその時間の間、春宮はできるだけ楓の近くにいるのである。
「あふぅ……」
居眠りから覚めた春宮は、呆れられていないかと青くなりながら楓を見た。