8.家族-5
「君とあの現場で出逢って、僕は考えを変えさせられた」
「え? どういうこと?」
「前にも言ったけど、僕はAVの、特に女優さんたちの真剣さを知ってるつもりでいた」
「つもり?」
「でも、それはOLや教師や看護師なんかと同じで、ただの一つの職業だとしか思えてなかったんだ」
「どういうこと?」
「セックスっていう人間の一番プライベートでデリケートな部分を演じて、自分をさらけ出すことが、そんな単純なものじゃないってこと」
「……」
「どの女優さんだって、たぶん男優さんだって、現実の自分の心の中の家族への愛とか、心から好きな人への熱い想いとかと葛藤しながら演技してることがわかった。君を見ててわかったんだ」
「拓也……」
「エッチな気分に浸りたくてDVDを買った人が観ている映像の向こう側に、そういう葛藤とか苦しみとか哀しみがあることに気づいた」
拓也は香代の頬を撫でながら言った。
「カメラマンの僕なんか比べものにもならないけど、AVの世界にいきなり投げ込まれて苦労した君には、それが痛いほどわかるんじゃない?」
香代は目をしばたたかせた。
拓也はその目を見つめた。
「でももう二度と君にそんな思いはさせない」
「拓也……」
「約束するよ、香代」
そして二人はその柔らかで温かな唇をそっと重ね合った。
「実はね、拓也」
「ん?」
「高温期がずっと続いてるの、私」
拓也は少し考えてから、目を見開いた。
「ほんとに? ってことは、赤ちゃん、できたの?」
香代はこくんとうなずいた。
「やった! 僕の子供っ!」
拓也は横になったままガッツポーズをした。
「先週クリニックに行って診てもらったら、和代先生、ほぼ間違いないって仰ってた。それに異常に嬉しがってた」
「あの人の思う壺ってわけだ。子供作れって提案して面白がってたからね、君のバースデーパーティの時」
拓也は笑った。
「でも、」拓也は香代を横目で軽く睨んだ。「まさか将太君の子じゃないよね?」
「えっ?」
香代は口を押さえた。
拓也はおかしそうに言った。
「彼とエッチしちゃったんだって?」
香代は思わず身体を起こした。
「ど、どうして知ってるの?」
「本人に訊いた」
「ええっ?! あの子が自分でばらしちゃったの? 貴男に」
拓也は香代を再び自分の横に寝かせて、優しく身体に腕を回した。
「将太君誠実だよ。『拓也兄ちゃんにだけは伝えとかなきゃいけないことがある』って真剣な顔で打ち明けたんだから」
「で、でも……」
「どうだった? 息子に抱かれて」
香代は観念したように言った。
「私も将太も、再会して抱き合ったら、なんか、もう湧き上がるものがこらえきれなくなっちゃって……」
「わかる気がする。君と将太君のその時の気持ち」
「ごめんなさい……」
「謝ることないよ。僕も嬉しい。君たち親子の絆が確かだったってことだし。やることはちょっとアブノーマルだけどね」
拓也は笑いながら香代にキスをした。
「でも将太に抱かれたのは春だったし、その一度きり。だからお腹の子は100l貴男の赤ちゃんよ。計算は間違ってない」
「このこと、」今度は拓也が身体を起こして香代を見下ろしながら、いたずらっぽい目をして言った。「僕から将太君に伝えていい?」
「何て伝えるつもりなの? まさか……」
「『君のお母さんのお腹に赤ちゃんができた。もしかしたら君の子かも知れない』って」
「ちょ、ちょっと、やめてよ!」
香代は真っ赤になった。
「もしそれが本当だったらさ、生まれる子は君にとっては子供であり孫であり、将太君からすれば子供でありきょうだいであり、お義父さんにしたら孫でありひ孫であり……。めちゃめちゃ複雑になっちゃうところだったね、あははは!」
拓也は大笑いした。
「もう、拓也ったら……」
香代は手を伸ばして拓也の鼻をつついた。
はあっと大きく息を吐いて、拓也はバタンとシーツの上に大の字になった。
「妻にお義父さんに義理の息子にそのお嫁さんと赤ちゃん、それに自分の子供。家族が増えるって、すごく幸せなことだね。生まれて初めて味わう幸福感」
「拓也……」
「ずっと一人だったから、余計に」
香代はひどく切ない顔をした後、柔らかな微笑みを拓也に向けた。
「この子を大事に育てなきゃね。二人で」
拓也はそう言ってベッドの端に丸まっていたケットを広げ、香代の身体にそっと掛けた。
――the End
2016,7,15 Simpson
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