7.帰宅-4
香代と拓也は揃って『シンチョコ』にケネスを訪ねた。
「ほんま、良かったで、香代さんが元に戻れて」
ケネスは爽やかな表情でコーヒーカップを持ち上げた。
「ケニーさんにはほんとにいろいろお世話になってしまって……」
香代は至極恐縮したように言った。
「それにケンジさんたちにも」拓也が言った。
ケネスは頬を緩めた。
「拓也君はケンジたちのセラピーDVDも撮ったカメラマンなんやて?」
「はい。使って頂きました」
「えらい評判なんやろ? そのDVD」
「主役のケンジさんたちが素晴らしいからですよ」
「いやいや、ケンジもミカ姉も言うてたで、実物を遙かに超える美しい映像やって」
拓也は恐縮したように頭を掻いた。
「ほんで今もAVの仕事続けとるんやろ?」
「はい、でも先月から他の仕事もしてます」
「手を広げたっちゅうわけやな?」
「地元のテレビ局の仕事を少し頂いて……ありがたいことですね」
「ほんまやな」
「テレビ局のディレクターに僕のことをご存じの方がけっこういらっしゃって」
拓也は頬を指でぽりぽりと掻いた。
「さすがやな。君が凄腕のAVカメラマンやっちゅう情報を仕入れとるディレクターもやけど、そこまで名が知れ渡っとる拓也君も」
香代は誇らしげに隣に座った背の高いパートナーに目を向けた。
「そや! わいが商工会に推薦したるわ」
ケネスはにこにこしながら言った。
「え? 推薦?」拓也は小さく首をかしげた。
「すずかけマイスターや。こんな才能埋もらしとくわけにはいかんやろ? なあ香代さん」
「あ、ありがとうございます、ケニーさん、そんなことまで……」
拓也はしきりに恐縮して身を縮めた。
「そうそう、志賀のおやっさん、工務店の敷地に一戸建てを建設中なんやて?」
「はい、そうなんです」
香代は困ったような顔をした。
「君たちの新居なんやろ?」
「なんか、申し訳なくて……」
「ま、当然の判断と行動やな。おやっさん、相当嬉しいんやで」
ケネスも笑顔をほころばせた。
「これであの敷地には母屋の他に一戸建ての家が二軒並ぶわけやな。将太たちのと君らのと。まるで住宅展示場や」
「母屋とは二軒とも回廊で繋ぐって仰ってました、お義父さん」
「回廊? なかなか粋やな。住宅展示場言うより温泉宿かリゾートホテルやな、まるで」
三人は笑った。
「もう籍も入れたんやろ?」
「はい。先週」
「でも、私」香代が恥ずかしげにケネスを上目遣いで見た。
「どないしたん?」
「年末にはおばあちゃんになるんです」
「へ?」
「彩友美さんが妊娠三か月」
「なんやて? ほんまに?」
ケネスは思わず立ち上がった。
「そしたらおやっさん、ひいじいさんになるんかいな! こりゃめでたいわ!」
◆
朝からよく晴れていた。
『志賀工務店』のシンボルツリー、大きなケヤキの木の下に置かれたベンチに香代と将太は並んで座っていた。枝のあちこちですでに蝉が鳴き始めている。
「今日も暑くなりそうね」香代が言った。
「母ちゃんの誕生日、明日だね。幾つになるんだっけ?」
「40よ。将太の丁度二倍」
「ほんとだ」
「彩友美さんももう安定期だから安心ね」
「うん。でもまた実感がないんだ。自分が父ちゃんになるなんてさ」
「誰だってそうよ」香代は笑った。「母さんが貴男を産んだ時もそうだったもの」
「そうか」
将太は照れたように頭を掻いた。
「ねえ、将太」
「なに?」
香代は小さな声で言った。
「私、再婚しても良かったのかな……」
「どうしたの? 今さら。俺、そんなこと全然気にしてないよ」
「そう……なの?」
「母ちゃんが拓也兄ちゃんと再婚しても、俺の父ちゃんは父ちゃんのままだよ。それはそれ」
香代は将太を愛しそうに見た。
「将太が拓也のことを『兄ちゃん』って呼んでくれて、母さんほっとしてるの、実は」
「一回りしか違わない人を『父ちゃん』なんて呼べないでしょ」
将太は笑った。
香代は将太の目を覗き込みながら言った。「じゃあ私は姉ちゃん?」
「歳が倍になる人を姉ちゃんなんて呼べないよ」
「まー将太ったら」
香代は息子の頭を乱暴に撫でた。
「ねえ、将太、お願いがあるの」
「ん? なに?」
「拓也を家族として迎え入れてやってね」
「当然じゃん。母ちゃんの夫だろ? 立派な家族じゃん」
「そうね、家族だよね、私たちの」
香代はひどく切ない顔をして、将太の手を取った。
「明日盛大にバースデーパーティやるからね、母ちゃんの」
「盛大に?」
「うん。『海棠アミューズメント・プラザ』のレストランで。いっぱい人呼んでるから」
将太は楽しそうに笑った。
◆