6.心の奥底-4
「なんだ、海山和代」
『ケンジさーん』
海山和代は電話越しに甘ったるい声を出した。
「用件がなければ切るぞ」ケンジはいらいらして言った。
『あーっ、だめだめ、切らないで。ちゃんと用事があって電話したんだから』
ケンジは『シティホテルKAIDO』地下一階のオフィスでコーヒーブレイクを過ごしているところだった。
『新しいセラピーのクライアントが来たの。ちょっと訳ありの』
「訳ありのクライアント?」
『詳しくお話がしたいから今から行ってもいい?』
「ほんとに仕事の話で来るんだろうな」
『当然でしょ』
「俺に色目使ってきたりしたら容赦なく追い出すからな」
『もう、冷たいんだから……』
ケンジとミカと相対して海山和代がオフィスのソファに座った。
「依頼人は拓也君(32)とカヨコさん(39)というカップル」
「夫婦か?」
「それがねー」
小皿に乗ったガトーショコラをフォークでつつきながら海山和代は肩をすくめた。
「何だよ。それが訳ありか?」
「同棲してるけど結婚はしてない」
「別にありがちな普通のカップルじゃないか」ミカが言った。
「そう。あたしもそう思って、彼女の方のカウンセリングをしてみたの。そしたら、なかなか深い闇を持っていることがわかったんです」
「深い闇?」
「二人の悩みは、彼女の方がどうしても濡れなくて、挿入を身体が拒むってこと」
「その二人、うまくいってないんじゃないか?」ミカが言った。「ほんとにそのカヨコさんって彼氏のことが好きなのか?」
「そこは普通以上。もう彼氏がいなければ歩けないほどの恋愛感情を持ってます」
「彼氏とちゃんとセックスしたいって思ってるわけだね?」
「気持ちの上ではね」
「その気は十分あるってことだな」
「彼女の心の奥に、何かがわだかまってる。でもそれが何なのかわからない。なかなか彼女の心の中が見えなくて……」
「和代でもだめだったのか? おまえ暗示を掛けて人の心を鮮やかに読むじゃないか。魔女並みに」
「魔女って何ですか。せめて呪術師って呼んでくれません?」海山和代は口を尖らせた。
「どこが違うんだ」
ミカが言った。「やってみたんだろ? いろいろ」
「でもだめだったんですよねー」
海山和代は至極残念そうに言って紅茶のカップを口に運んだ。
「で、どうする気だ? 他に何か考えがあるのか?」
海山和代はテーブルに身を乗り出した。
「ケンジさん、そのカヨコさんを抱いてみてくれます?」
「それで?」
「身体が感じるかどうかを確かめて欲しいの」
「彼氏とのエッチでは感じるって言ってたのか?」
「はい。それは間違いない。でも挿入だけがうまくいかない」
「それって身体的な障害じゃないの?」
「ううん、膣内の汗腺にもホルモンにも問題ないし、健康体よ。逆にかなり開発された感じはあった」
「開発された?」
「カヨコさんは元AV女優」
「何だって?」
「クリトリスや外陰唇、膣内のセンサーは、とっても感度がいいはずなの」
「AVの撮影では挿入できてたんだろ?」
「たっぷりローション使ってね」
「なるほど」
「男優との絡みではそもそも身体が反応することはなかった、って言ってましたね。イくことはもちろん、身体が熱くなることも皆無だったって」
「そんなもんじゃないのか? AV女優って。いちいち昂奮してたら身が持たないだろう」
ケンジはちらりと隣のミカを見た。
「でも、拓也君に抱かれると身体も心も熱くなって、思わずキスしたりしがみついたりしたくなるって言ってましたね」
「そこは普通だね」ミカが腕組みをしたまま言った。「でも濡れないのか……」
「俺がその彼女を抱いたとしても、濡れない原因まで探るのは無理だぞ」ケンジはコーヒーカップを持ち上げた。
「あたしに考えがあるんです」海山和代が指を立てて言った。
「ケンジさんに抱かれる時、あたしが彼女に暗示をかけて、深層心理をできるだけ表に引っ張り出します。その上でエッチしてもらって、彼女が口にする言葉や身体の反応から心の奥底を探ろうと思うんです」
「ピルは処方したの?」
ミカが訊いた。
「すでに常用してるそうです、カヨコさん。AV女優はみんなそうしてるとか」
海山和代はシンチョコの箱からプリンのカップを取り出した。
ミカが眉間に皺を寄せて言った。
「おまえ、遠慮なくよく食べるな、人んちで」
スプーンですくったカフェオレ色のプリンを口に入れた後、海山和代はけろりとした顔で言った。
「紅茶のお代わりいただけます?」
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