投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

目の見えないネコの話
【ホラー その他小説】

目の見えないネコの話の最初へ 目の見えないネコの話 1 目の見えないネコの話 3 目の見えないネコの話の最後へ

目の見えないネコの話-2

 どれくらい、蹴られていただろう。
 普段なら、そろそろいつもの父に戻る頃だった。体を丸めながら、私はぼんやりと考える。そうすれば、また「お前は最高のネコだよ」と褒めながら優しく頭を撫でてくれるはずだ。しかし予想とは裏腹に、いつまでたっても父は元に戻ってはくれなかった。声を張り上げ、大きな物音をたてながら、私を蹴り続ける。胸の辺りで鈍い音がした。骨が折れたのかもしれない。不思議に痛みは無かった。私にはもう悲鳴を上げる力も、痛みに耐えるために食いしばっていた歯も、ほとんど無くなっていた。
 そうか、と私は気がつく。きっと、痛みに耐えた分だけ父は深く私を可愛がってくれるに違いない。今は、その為の儀式みたいなものなのだ。そうに違いない。
 と、その時だった。突然、空気が破裂するような衝撃音が部屋を揺らした。ガラスが砕ける音。複数の靴音。近づいてくる。怒鳴り声が頭の上で行き交い、やがて父が悲鳴を上げた。何が起きたのか、私にはさっぱり理解できなかった。
 「生きているか」
 誰かの体温が頬に触れた。観察者だ、と直感で悟ることはできたものの体はうまく反応してくれない。大丈夫。そう伝えたかったのだけど、すでに首から下の感覚は麻痺していてぴくりとも動いてはくれなかった。やがて意識は遠のき、私は気を失った。

 嫌なものをはらうような、さっぱりとしたミントの香りが鼻先をかすめた。相変わらず目の前は真っ暗だが、瞼を持ち上げているという自覚はあった。どうやら眠っていたらしい。
 「起きたかい?」
 父ではない。きっと観察者だろう。どうやら父よりずっと若いようだ。体を起こした私が自分を覆っているものを剥ぎ取ろうとすると、彼は慌ててそれを止めた。
 「駄目だよ。着ていなくちゃ」
 私には彼の言っていることが、よく分からなかった。これまで私が何かを身にまとうなどということは、一度だってなかった。動く度に体と布がこすれて、なんだかくすぐったい。
 「君は目が見えないようだから説明しておくよ。ここは病院のベッド。君は警察に保護されたんだ」
 観察者は言った。彼が私のすぐ隣に立っているのは気配で分かる。話の内容も理解出来た。しかし、肝心なところが分からない。警察は、どうして私を捕まえたりしたのだろう。疑問に思ったのが顔にも出たのか。彼は、ゆっくり説明してくれた。
 「僕は、少し前から君をマークしていたのだけど。いや、正確には君と一緒に暮らしていた男の方だがね。とにかく二十四時間、徹底的に張り込ませてもらった。君の住んでいたのはマンションの三階だったから、隣接するアパートの屋上から見ていたんだ。驚いたよ。普段の君は裸で、そしていつも動物のように四本足で生活していた。」
 そこで観察者や、その仲間たちはある仮説を立てたのだと言う。
 「君は、自分が猫や犬などの動物だと思っているんじゃないのかい?」
 私は、ネコだ。父がそう言っていたのだから間違いない。しかし観察者は、あっさりそれを否定した。
 「君は、人間だよ」
 そんなこと、ありえない。
 だって父が教えてくれたのだ。私はネコという名の動物なのだ、と。


目の見えないネコの話の最初へ 目の見えないネコの話 1 目の見えないネコの話 3 目の見えないネコの話の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前