イーラと誠-1
翌朝、出勤した僕は、ドンブロフスキーさんの顔をまともに見られなかった。しかし、ドンブロフスキーさんはいつもの笑顔で
「イーラは誠くんが気に入ったようだよ。」
「いえ、なんか、全然わからなくて。」
「私らよりもいいだろう。任せたよ。」
ドンブロフスキーさんは僕を疑わないのだろうか。しろうとの、それも男に娘の介護を任せることが信じられない思いだった。現に僕はもう裏切ってしまっている。
握手をしてドンブロフスキーさんは畑に去っていった。
「おはよう、誠さん。」
部屋に入るとイーラのほうから笑顔を向けて挨拶してきた。僕は気まずくて
「Ĉu vi ne preferas paroli en Esperanto? 」
尋ねた答えに
「Kial preferi ? Kio estas inter vi kaj mi? 」
僕はイーラと距離を置くべきだと思っていたのだが、イーラは続けた。
「日本語でいいじゃない。それより、おしっこ。」
命令するように言った。
部屋はもう家畜小屋でなくなっていた。新しいシーツ、洗ったばかりの寝巻。カーテンまで僕は頼んで替えてもらってあった。
きのう、帰るときに着けたおむつを外した。改めて、女の子の肌が眩しく感じられた。
「汚れてないじゃないか。」
「今からするんだもん。」
言葉の終わらないうちに温かいものが噴き出した。その出方が珍しくて、どこから出てくるのか溝を開いてみたとき、同じところに僕のしたことの跡が、痛々しく目に飛び込んできた。
「ごめんね。きのうのこと。痛かったよね。」
「MI dankas !」
突き放されたかと思ったが、
「恥ずかしいことが無くなっちゃったから安心なの。誠さんに女の子のこと、全部教えてあげる。」
イーラを抱き起こす。そのまま背もたれに寄りかからせる。それから、用意されてある朝食を食べさせる。サンドイッチだった。ここまで何とかやり終えた。
思えば、今日から僕はこの子に一日中付ききりとなるのだ。世話をするばかりでは気が滅入ってしまうだろう。食事も、食べさせるだけでなく、一緒に食べたほうがいい。少しでも間をおくために、料理は僕が作ることにしようか。帰れるのは七時、来るのは朝八時。十一時間も一緒だ。
「ねえ」
黙って考えていた僕にイーラから話しかけてきた。
「もうあたしのこと面倒くさくなった?」
「そんなことないよ。」
イーラは嘘がないか調べるように僕の目を覗き込んだ。
よく見ると、イーラの緑の瞳は真ん中が赤みがかっている。その色を見て、目を逸らさない努力を僕はした。
やがて、きれいな口元から新しい色の大きな前歯が見えたと思ったら
「うんちしたい。おむつじゃなくて、ちゃんと座ってしたい。誠さん、連れてって。」
僕はイーラに頼まれて、洋式トイレに座らせた腿のあいだに顔を置いた。他人の、しかも女の子がする様子を、そこでつぶさに見せられた。
「これでほんとに恥ずかしいこと、無くなった。」
女の子の恥が顔の前で晒され、またあの動物的なにおいで僕の鼻は一杯になった。
温かく濡れたイーラの溝に僕は鼻先を差し込んで嗅いだ。女の子は、一晩だけでこんなににおうものかと思った。それから口づけしてみたのだが、思わず心に豊かな喜びが湧き起こって僕は驚いた。生きる力を貰える気がした。女の子の味がしなくなるまで続けたくなった。
「誠さん、mi venas! 」
口いっぱい、女の子のいのちが溢れ出した。
こういうことをこれからいつでも出来るのだと気が付いた僕は、案ずること全てが杞憂でないかと思った。帰る時間のあることがむしろ惜しいことだと思われた。