4.セックス・セラピスト-5
「で、今回の依頼者は?」ケンジが書類に目を通しながら言った。
海山和代の目が別人のように変わり、冷静な口調で理路整然と話し始めた。
「春人君(35)と春美さん(35)のお二人です。診察の結果、二人とも身体になんの異常も見つかりませんでした。血色も良く、食欲もあり、メタボ傾向でもなく健康そのものです」
「そうか。カウンセリングの結果は?」
「はい。それがこっちのレポート」
海山和代はファイリングされた書類を広げてセンターテーブルに乗せた。
「お互いがお互いをかけがえのないパートナーだと認識しています。結婚を前提につき合っていますが、その唯一の障害になっているのがセックスがうまくいかないこと」
「ま、わかりやすい状況だな」ミカが言った。
「私の考えでは、春人君の春美さんへのベッドでのアプローチを一度見て頂いて、その後の処置については再度話し合うのがいいかと」
「そうだね」ミカが言った。
春人と春美のカップルは予定通りにその日、ケンジとミカを訪ねた。そして『シティホテルKAIDO』最上階のセラピー・ルームで二人にセックスを実際にやってもらい、ケンジとミカ、海山和代がその様子を観察して解決法を見いだすということになった。
その部屋『フォレスト・ルーム』は明け方の森の中を思わせる落ち着いた緑がかった光に満たされ、静かなせせらぎの音や鳥の声が流れていた。
シャワーを済ませた後、春人と春美は、その部屋に案内された。
「な、何だかすてきな部屋ですね」
ドアを開けるなり春人は思わず立ち止まって中をぐるぐる見回した。
「リラックスできるよね」
春美はうっとりしたように言った。
部屋の中央に大きなベッドがあった。ピローケースとベッドカバーはお揃いのリーフ柄だった。
「別の部屋もあるんでしょう?」春人が訊いた。
ケンジが答えた。「うん。海をイメージした『マリン・ルーム』と花畑仕様の『ガーデン・ルーム』があるね」
「見てみたいね」春美が言った。
「後で見学してみる?」
「はい、是非」
「さて、それじゃあ始めてくれる? 僕たちは別室で見てるけど、君たちが合図するまで姿を見せたりしないから」
「わかりました」
「時間を気にせずいつものように楽しんでね。全て終わって気持ちが落ち着いたら、ドアの横の緑のボタンを押して知らせてね」
春人と春美はガウンを脱ぎ、お互いに下着姿になってベッドに膝立ちで向かい合ってキスをし始めた。
マジックミラーで仕切られた壁の奥のモニタールームでケンジ、ミカ、海山和代の三人は二人のベッドでの様子を観察していた。
「マッチョだね、彼」
「春美さんの方はずいぶん華奢ですね」
ミカが独り言のように言った。「ちょっと強引かな、彼氏のキス」
隣に座ったケンジも両肘をついて指を組み、言った。
「そうだな、性欲がセーブできてない感じだ」
春人は焦ったように春美を横たえると、すぐに彼女のショーツを剥ぎ取り、自分自身も下着を脱ぎ去るといきなり春美に覆い被さり、そのいきり立ったペニスを谷間に押し当てた。
「ああ、だめだな、あれじゃ」ミカが言った。
「ずっとああやって彼女を抱いてたのかな……」ケンジがため息をついた。
「経験のない私にもわかります。あれじゃ彼女は感じないですよね。今入れられても痛いだけ」
海山和代も低い声で言った。
春美は顔をゆがめて喘いでいたが、それは性的に感じていたわけではなく、ただ痛くて苦しいだけの声だと言うことは一目瞭然だった。
ベッドの上の天井に指向性マイクが設置されていて、ベッドでの声は全て拾われてモニタールームに届くようになっていた。ヘッドセットを装着した三人には、しかし彼らの言葉らしいものは何一つ聞こえてこない。春人の荒い息づかいと、春美の悲痛とも感じられるようなうめき声、そしてベッドのきしむ音。
「春美さん、壊れちゃいそう……」海山和代が気の毒そうに言った。
「会話も皆無か……」
ミカが険しい顔で言った。
その内春人は高速で腰を動かし始め、きつく春美の身体を抱きしめたままあっけなく果てた。
二人がベッドインして5分しか経過していなかった。
「ううむ……」ケンジは頭を抱えた。「こういうセックスを一年間……」
海山和代も大きなため息をついた。
「春美さん、ある意味かなりの忍耐強さですね……」
「よく続いてるよな、この二人」
ミカも半ば呆れたように言った。