2.初仕事-2
カレンダーは7月になっていた。
撮影当日、朝の7時頃に起きた香代は、洗顔を終えるとすぐ黒田に渡された避妊薬を飲んだ。そしてキッチンに立って冷蔵庫から卵を二個取り出した。
フライパンを火に掛けた時、背後から声がした。
「ねえ、香代さん」
「あ、リカさん、おはよう」
「朝ご飯、もうちょっと遅くしない?」
リカは遠慮なく大口を開けてあくびをし、大きく伸びをした。
「ごめんね、つき合わせちゃって」
リカは頬をぼりぼり掻きながら言った。
「しかたないか。緊張してるんでしょ? 初仕事」
香代は困ったような顔で笑った。
「とにかく頑張ってね、としか言えないけど……」
「うん、わかってる。ありがとう、気遣ってくれて」
撮影場所は香代たちのアパートからタクシーで10分ほど離れたマンションの一室だった。その部屋は『Pinky Madam』の撮影所として借りられていて、内装も部屋毎に違っていた。温泉宿風の純和室もあれば、モダンなオフィス風の洋室もあった。浴室の天井にも防水加工された照明器具が取り付けられていた。
香代はその部屋のキッチンに案内された。普通の家のそれより広めの空間で、カメラや機材を置くスペースが確保されているのだった。
別室で黒田の妻厚子に監視されるように付き添われて白いブラウスと薄いピンクのスカートを身につけ、黒いパンストを直穿きさせられた香代は、シンクの前に立って、作業服姿の黒田に指示を受けた。
「台本通りだ。いいね?」
香代は決心したようにうなずいた。
「コトが始まったらできるだけ抵抗しなさい。その方が見る者を楽しませる」
「あの、」
「ん?」
「さ、最後までいくんですか?」
「最後まで? つまり突っ込まれてぶっ放されるまでってことかね?」
香代は赤くなってうなずいた。
「当たり前だ。台本にも書いてあっただろ? 今さらイヤだとは言えないはずだ。キミはうちの契約女優なんだからな」
黒田はたたみかけるように言った。
「薬もちゃんと渡しておいたじゃないか。飲んでないのか?」
「いえ、飲んでます。ちゃんと……」
「だったら問題ない」
黒田はそこにいるスタッフを見回して大声で言った。
「よし、始めるぞ」