1.自分との決別-3
「さて、提案というのは、」林が別の書類を取り出して香代の目の前に置いた。「割の良い仕事を貴女に紹介しようというわけです」
「仕事?」
林は上に置いた書類をずらして、下の請求書の400万と書かれた場所を指さしながら言った。
「そう、うまくいけばこの金額を三年半ほどで稼げます」
「こ、これって……」
「契約書です」
後ろから黒田の声がした。「AV女優として働かないか、と申し上げているんですよ」
林は申し訳なさそうに肩をすぼめ、上目遣いで言った。「今のところ、短期間でこれだけの借金を返せる方法は他にはないんです」
「とんでもない! 無理です」
香代は腰を浮かせて大声を出した。
香代の背後に黒田がのっそりと立っていた。
「いい話だと思うんだがな」
「相談しますか? 親父さんに」
林が鋭い目で香代を見た。香代は黙り込んだ。
「大丈夫」黒田が香代の隣にどかりと座り込み、おもむろに馴れ馴れしく肩を抱いて言った。「契約に基づいて出演作も決めるから大丈夫。貴女に無理はさせない。ちゃんとここの事務所の社員としての契約だから、身分は保障されとるからな」
香代は世の終わりのような顔をして黙り込んでいた。
林が静かに口を開いた。
「ご家族には手紙を書いて下さい。四年後に戻ると。その間この会社が持っている社員寮のアパートに住んでもらいます」
まるで他に選択の余地はない、と言わんばかりに林はまくし立てた。
「家賃は事務所が持ちますが光熱費は自費でお願いします。制作会社から支払われる出演料の6割が貴女のものに。まあその半分は黒田社長への返済のために毎回天引きさせてただきますが」
香代は顔を上げ、虚ろな目をその男に向けた。
「出演の回数が多ければ多い程、早く家に帰ることができるということです」林はにっこり笑って続けた。「僕が貴女のマネージャーとして働きます。稔君のためにも。頑張って仕事をとってきますからね」
「契約期間は貴女がわしに借金を全額返済し終わった時まで。わかりやすいだろう?」横に座った黒田が自分の腹を撫でながら陽気に言った。「見たところ貴女にはAV嬢としての素質があるようだ」
「……やめて下さい」香代は弱々しく言った。
「いやいや、なかなかそそられる身体じゃないか?」
黒田はそう言いながら香代の太ももをスカート越しに撫でた。
香代は小さく震えながら抵抗もせずじっと身体をこわばらせているだけだった。
「芸名はカヨコで決まりだ。悪くないだろう?」
黒田は片頬にいやらしい笑みを浮かべた。