〜 特訓終了 〜-4
私が首席で卒業するために蹴落とさなくちゃいけない存在が何人いるかは知りませんが、少なくとも22番さんは私の前にいます。 私に及ばないものをたくさんもっているし、コソコソしてないし、すごく存在感が大きくて。 いいなぁ、賢いなぁと思うと同時に、疎ましくも思ってるんです。 言葉に出したらミジメだし、変態の学園で優秀を目指すこと自体が恥ずかしいし、色んな理由で意識しないようにしてましたけど。 私にとって22番さんは、クラスのお手本であり、リーダーであると同時に、邪魔なライバルでもあるんです。
「あのね、言葉通りに聞いて欲しいんだけど」
「えっ」
俯いている私に、ズイ、22番さんが不意に近づいてきて、変な声をだしちゃいました。 すぐ近くで、覗き込むように私を見つめていました。
「私、本当に一番とか考えてないよ。 特訓だって、一番になりたいからじゃない。 学園に入って、未来が真っ暗になって……せめて誰かの役に立ちたいって思ったから、先輩に頼んでみたの」
「……」
「だから、私はクラスの見本になるつもりだよ。 私だって余裕があるわけじゃないけど、でも、一番になりたい理由もないし、進学したいとも思ってないし、他のみんなに合わせて頑張る方がいいって思ってる。 そしたら2組の平均点もあがって、先輩たちも喜んでくれるし、一石二鳥だと思わない?」
「……」
時々つかえながら22番さんが喋ります。 表情は真剣そのものでした。
心の中で『胡散臭い』と思いつつ、ここは口を挟まず耳を傾けます。
「あ、でも進級したいとは思ってる……かな。 Bグループ生になって後輩が出来たら、先輩たちがしてくれたみたいに、後輩に色々教えてあげたい。 私たちって社会にはたいして必要とされてないでしょ? でも、何にも知らずに学園に入ってくる後輩は違うよね。 後輩の役にはたてると思う。 学園で色々教わって、正直いって、消えちゃいたいと思ったけど、今もどうにか生きてるのは……なんていうか、どんな形であっても役に立てるなら、やれることはやろうって思うんだよね。 あ、でも、人のためとかそういうんじゃないよ。 自分が誰かの役にたってるって自分で思って、まあ、自己満足したいだけなの。 だから、2番さんと張り合おうとか、ライバルとか、そういう気持ちはないの。 ただ、せっかく先輩に色々教わったんだし……」
そこまでいうと、22番さんは一度大きく息を吸いました。
ちょっと間を置いてから、
「2番さんには学年1位になって欲しいなって思ってる。 そしたら先輩はもっと喜んでくれるでしょ? 私たちが先輩に出来ることって、2番さんが1位をとって、私がクラスの見本役になればいいって思ったの」
にこっ、紅らんだ顔を綻ばせる22番さん。
……私が想像していたのと大分違う展開です。 てっきり『自己中な嫌なヤツだね』とか『ズルい人だね』みたいに、私を非難してくるんだとばかり思ってました。 身構えて、ガードを固めて対応する予定が、いつの間にかすっかり懐に潜り込まれた感じです。
ドギマギする私を他所に、22番さんは視線を逸らさずに言葉を紡ぎます。
「だから、クラスのことは変に気を遣わないでいいから、どんどん先にいって、実技系は全部1位を狙おうよ。 私も頑張るから、だから2番さんも、ね。 私、2番さんを応援する!」
「あ、ありがと……」
「【B22番】先輩には、お互い忘れずに御礼しようね。 今日は遅いから、2番さんは明日御礼すればいいと思う。 また今度2番さんの部屋にいくよ。 【B22番】先輩の都合がいいタイミングを教えるから、御礼をいいに行くのはその時にでも、ね」
「う、うん……」
「一緒に特訓できて楽しかったよ。 ありがとね!」
「こちらこそ……」
22番さんが明るく振舞う一方、私はといえば短く応じるしかできませんでした。
「それじゃ、また明日。 おやすみなさい」
「おやすみ……なさい」
部屋を出てゆく22番さんを見送ります。
バタン。 ドアの締まる音。
……これで、部屋には私1人になりました。
見返りを求めなかった先輩たち。
どうも本心から他人のために行動しようとしている22番さん。
所詮言葉だけかもしれません。 先輩も、22番さんも、自分をよく見せるために巧妙に振舞っただけ――その可能性は決して小さくありません。 けれど、私がどう思っているかというと、何の根拠もありませんが、みんな本心を語っている気がしています。 不条理と臭い匂いが溢れる学園で、あんな清々しい気の持ち様が成立すること自体、私の感覚からすれば有り得ない――有り得ない筈なのに、です。 頭の中がグルグル回っているようです。
先輩、彼女、一方で私。 彼女たちと私は、姿勢において対極です。
どちらが正しいとか、優れているとか、人らしいとか、クレバーだとか、そういうことを言うつもりはありません。 ただ、正反対なのは確かです。
「……」
時計の針は9時半を回っていました。 もう考える時間ではありません。 少しでも体を休め、明日に備えるべき時間帯です。 電気を消し、廊下に出て、私も自室へ向かいます。 階段を下りながら、
「……見てなさい……本当に1番になってやる……」
誰に聴かせるでもなく、如いていえば自分に向けて呟いて――こうして私の特訓は、カーテンコールを終えたのでした。