第1章 真夜中の逃避行-3
第1章 真夜中の逃避行(3)
心の奥の一点にあった心配は、木星社のある東急線のY駅の駅前に降り立ったときに現実のものになった。
(……尾けられている……)
早足で歩いたが、追跡者もしっかりした足取りで追ってきた。
後ろを振り向いた。
男が一人追ってきていた。美弥は細い小路を走り抜けた。周りの店はまだ閉まったままだ。
誰もいない路地を急いで走った。靴音が早朝の路地に響く。見慣れた店が過ぎていく。
小路を抜けて大通りに出たところでタクシーが近づいてくるのに気がついた。
美弥は、あわてて手を振った。
そしてタクシーに駆け寄った。
男はまだ追ってきていた。
タクシーが目の前に止まってドアが開いた。
美弥は振り返って男を確認して中に飛び乗った。
ドアが閉まった。追跡者とは20メートルも距離がなかった。男の顔はよくわからなかった。
「どちらまで…」
「早く出して……とにかく出して……」
鋭く叫んだ。美弥の息づかいは荒かった。追ってくる男の速さに比べて、タクシーはいらつくぐらいゆっくりと動き出した。
美弥が振り向くと、タクシーの5メートルくらい後ろで男が立ち止まって見ていた。
美弥には覚えのない顔だった。
運転手に行き先を告げようとして、振り返り、身体を前にのりだした。
「あの、この道を……」
そのとたん運転手が振り返り、スプレーを美弥の顔めがけて発射した。
「あああっ……」
美弥はだんだん気が遠くなっていった。
やがてタクシーが止まった。
「上手くいったようだな」
そういいながら追跡していた男が乗り込んできた。
「よし、収容センターに急げ」
「わかってまっさ。へへ……。お嬢さん、またK町に逆戻りだね。旦那もしばらくはお楽しみですね」
「ふふふ。役得ってとこかな。少し楽しませてもらうぜ」
運転手の襟元には信玄製薬のバッジが光っていた。
タクシーは熱くなりかけた朝日の中を、涼しい高原を目指して走り始めた。
乗り込んだ男の手が緩やかに美弥の胸元を揉み始めていた。
<第1章 終わり つづく>