IFP-序章--1
薄暗い部屋の中には片手にワイングラスを持っている男がいた。黒スーツに身を包み、高級そうな安楽椅子にくつろいでいる姿はイギリス紳士を連想していまう。だが男には気配というものが感じられない。黒スーツに身を包んでいるからなのか、周りと同調していて声をかけられなければきっと気付かないだろう。男の横には、親友の婚約者がうつむきながらたたずんでいる。
血と硝煙の混じった香りが鼻を擽る。嫌悪感を露にして銃口を男に向けている俺に向かって、微笑を浮かべる男の口からは
「ロウで固めた羽根で牢から逃げたイカロスは、高く飛びすぎたから死んだのだ。我々は飛ばない、だから死ぬことはない。彼女を見たまえ、空に二度と舞い上がれないがうえに女神から美と永遠を約束された、翼のもがれた天使のようだろう?」
俺は反応せずにただ黙って男を睨みつける。…………男はゆっくりワイングラスに口をつけて美味しそうに中身を飲みほとす。
「君にもぜひ私の翼になってもらいたいのだが、どうかね?」
「……遠慮させてもらうよ。それになんだって?天使?笑わせるな、悪魔にそそのかされた堕天使の間違いだろ。俺にもホルマリン漬けか剥製になれってか?………剥製にはお前が一番似合うよ。」
俺は、男の左胸に照準を合わし、トリガーを引いた。
…ドン!!…………
銃口から煙が上がる。
(そういえば、もう銃を使うことに躊躇しなくなったな……)
思考が停止した脳でふと思った。女の叫び声が遠くで聞こえる。
数週間前―――
―Kei side―
俺は今コンビニの袋を片手に、イラつきながら待ち合わせをしている人物を待っていた。待ち合わせ場所に商店街を指定してくるとは、あいかわらずというか。
目の前にある電気屋をぼーっと眺めていた目を雲ひとつない晴天に向けて更に俺は不機嫌になる。
(ったく、なんでこんなに暑いんだよ。スニーカーにアスファルトがくっついちまうじゃないか。大体なんで真夏の真っ昼間に外にいなきゃならねーんだ…)
いつものことなのだが、それさえもイラつきの理由になってしまう。視線を空から電気屋のテレビに移すとニュースが流れていた。
「お昼のニュースをお伝えします。今日午前7時頃、千葉県臨海部近くの公園で男性の遺体が発見されました。遺体からは覚醒剤を使用していた形跡があり、警察は……」
「圭おまたせ〜!!」
すっかりテレビに気をとられていた俺は、後ろから肩を叩かれて一瞬体を強張らせる。
「驚かせんなよ。慎介が遅かったからアイスとけちまったじゃねーか、責任とれ。」
そう言って慎介の目の前でコンビニの袋をゆらす。
「そんなに恐い顔すんなよ〜、ちょっと琴音がすねててなだめていたんだよ。機嫌直してね?」
幸せそうな顔をして鼻をかいている姿は昔と変わらない。
中坊からの付き合いである俺達は、同じ道場で空手を習っていた。今日も師匠のところへ遊びに行くために待ち合わせをさせられたのだ。かれこれ十年近く腐れ縁が続いているが、はっきり言うと俺は慎介が気に入らない。コイツはひょうひょうとしていて、見ているだけでイラついてしまう。一人が気楽で好きな俺にとってうざい存在。でも何故だか横には慎介がいつもいる………人生最大の謎だ。