義父-3
「で、結婚するのか？」
八寸が出てくる頃合い、突然紀夫が問いただしてきた。
「いえ。今の所、そのつもりはありません」
「でも、相手の女だって、別れたとなれば一気呵成に攻めてくるだろ？」
「まあ、結婚している時に比べればそういう声が多くなってきましたけど、何としてでもっていうほどではないですね」
「そんな悠長に構えてると逃げられるぞ。これも刑事としての経験上からだがな」
「考えていないって言えば嘘になりますけど、そこまで結婚したいとは思ってないんですよ」
「遊びか？」
眼光が鋭くなった。刑事の習性か、それとも親としての怒りか？
その眼差しに、豊川はたじろいだ。
「ああ、すまんな。どうしても刑事風情が抜けなくてな。問いただす時はどうしてもこんな目になるんだ」
自分でも自覚しているんだろう。すぐさま普段の顔付に戻った。
「おかしいだろ？娘の旦那に結婚を薦めるなんて」
「ええ、まあ」
確かにそうだ。先程から紀夫は、自分たちが離婚したことを責めるでもなく、どちらかと言えば豊川の浮気相手との行く末を心配しているかのようだった。
「娘が別れる原因となった女だ。結婚すれば仕方ないって思うかもしれんが、結婚しなかったら浮かばれんからな。何で別れたんだろうってな」
お互いの幸せを選択するための離婚。この大義名分が崩れたことを気に留めているようだった。
「お前が結婚しようがしまいが、離婚という結末は変わらなかったかもしれない。だけどなあ、親からすれば娘が若い女に旦那を奪われ、家庭は崩壊。離婚までしたのに、その旦那も結局は捨てられたなんて笑い話にもならん」
「すいません・・・・・・」
「ははは、お前さんが謝ることじゃあない。これは完全に親のエゴだ。普通だったら、若い女なんかに現をぬかすからこんな目に遭うんだ。ざまぁみろって思うんだろうが。お前のこともよーく知っている俺からすれば、何だか二人とも不憫に思えてしまってなぁ」
元警察官で、正義感に溢れて曲がったことが嫌いな義父だけれど、浪花節的な一面も持ち合わせていることは、豊川も良く知っている。
「俺も、その女と別れることになった時、あの離婚は何だったんだろうって、正直思いました。他にも色々とやりようがあったんじゃないかって。特に、菜緒のことを考えると・・・・・・」
「そうだな、そこんとこだけはしっかりと反省してもらわんといかん。今回の離婚で一番の被害者は菜緒だからな」
〆の鯛そうめんを堪能し、店を出たのは２２時を回っていた。４時間は話し込んでいたことになる。
「戸籍上は縁が切れたけども、俺は今でも息子だと思ってるから、何でも相談にこい」
別れ際の義父の言葉に、再び涙があふれる豊川だった。
義父と会って、半年間溜まっていた心のモヤモヤがだいぶ緩和された気がした。主に、義両親に挨拶の一つも出来なかったことだが、二人はそれを何とも思っていなかった。それだけではなく、『本当は来たくても、望未の手前来れなかった』ことも見抜いていた。
これからも義理の親子付合いをさせてもらえると思うと、とても嬉しかったし、何よりもありがたかった。
「じゃあ、また誘うからな。がんばれよ」
そう言って肩を叩いてくれた義父は、宿泊先のビジネスホテルに入っていった。
帰りの電車は、酔ったサラリーマンで適度な混雑具合だった。ドアの近くに立つと、義父との語らいを思い返しながら、ボーっと車窓風景を眺めていた。
一人で瓶ビールを３本ほど空けたが、話に集中していたからか、さほど酔った感じはしていない。程好い酔い加減と良い気分に浸り、立ったままだったが、３０分はあっという間に過ぎていった。
週末は、遠出の出張さえなければ、大抵奈津美の店に顔を出し、アフターで食事をして二人でアパートに帰る行動パターンになる。
ただ、今日に限っては、会食の予定があるので、恐らくは顔を出すことは出来ないことを前もって伝えてある。帰宅時間も読めないので、もしアパートに泊まるのであれば一度連絡してからにして欲しいとは言ってある。
このような関係になって、年以上になるが、合鍵は作っていなかった。付き合い始めの頃、豊川から作ろうかと投げ掛けたことがある。その時は、『あんまりなあなあになるのもねぇ』とあっさり拒否された。
もしかすると自分以外にも男の影があるように思ったので、それ以上深くは話をしなかった。その後もとくに合鍵には拘っていなかったので、そのままになっていた。
駅に着くと２３時過ぎ。奈津美が店を上がる２時前まではまだ時間があるので、軽く店に寄って行く手もある。しかし、この心地良い気分を、あの独特の雰囲気に巻き込まれるのは何だか気が進まなかった。一度アパートに戻り、時間を見計らって迎えに行くことにした。
店は、アパートとは反対側の南口にある。同じような店、もっといかがわしい店、飲食店などが集合する繁華街で、その中でも老舗の一軒。
下世話な看板も多くみられる中、落ち着いた雰囲気も醸し出す外観は、都会から少し離れた街にしてはこ洒落た店に見える。オーナーは、キャバクラというよりかはクラブをイメージしているのかもしれない。
駅に着いたけれど、先に帰っているなんてメールを打とうものなら、『なんで来てくれないの』と拗ねられるのが関の山。『最終で帰る』とだけのメッセージで偽装工作することにした。
アパートは、駅から６〜７分の場所にある。そろそろ着くかという頃に、奈津美からメールが入った。
『店に来れなくても迎えには来て』
あまり要求を訴えるタイプでは無い奈津美にしては珍しい。いつもと違う何かがあったのだろうか。ちょっと心配になった。
このまま店に寄ってみようかと思ったが、偽装工作がバレてしまう。余計な詮索をされるのも面倒なので、とりあえず迎えに行くからとメールを送った。