本題-1
しかし、次に彼女の口から出た言葉は彼にとって信じがたいものであった。
「そう、でもねチャンスをあげるという話は嘘なの。もう君のクビを切るのは決定事項で今日はそれを告げにきたのよ、ごめんなさいね。」
かれの顔を両手で挟み、笑みを湛えた哀れみの表情で彼女は噛み砕くように彼に告げた。
「そんなっ…いやです、どうか、どうか捨てないで下さいっ…!お願いします!」
最初の彼の威勢はどこへいってしまったのか。今彼は、年下の女性編集者の前で裸で土下座をし情けを乞うているのであった。
「ん〜、そうねぇ。そこまで言うのであれば、個人的に契約を結んで飼ってあげても良いわよ?」
地面に接する彼の後頭部に足を乗せ、ぐりぐりと踏みにじりながら彼女は”交渉”を始めた。
「ほ、本当ですか?!」
彼の喜びの声が床に反射する。
「えぇ、あなたの印税や著作権は全て私に委ねる事、私の足のマッサージや家事を行う執事として仕える事、そして私の命には絶対服従である事が条件よ。」
「…それ全部、ですか。」
流石に戸惑いを隠せない様子で彼が応える。
「そうよ、条件変更の余地は無し。それでもよければ契約を結んであげましょう。
これから契約締結用に正装に着替えてくるから、その時間を猶予としてあげる。
結ぶ意思があるのなら、頭を床に着けたその姿勢のまま待ちなさい。」
そう告げて一際強く彼を踏みつけた後、靴音を響かせ彼女は一時部屋を後にした…。
…どれくらい待っただろう、条件の事が頭で一杯で時間の感覚を喪失していた彼には永くも短くも感じられた。迷いはあった、がしかし彼は彼女が戻ってくるまで頭を上げる事は
出来なかった。
コツコツ
再び鳴り響いた靴音を耳にし、緊張で彼は身を硬くした。
コツコツ
靴音が彼の前で止まった。
「顔を上げなさい。」
そう頭上から告げられた声に久方ぶりに開けた彼の視界に現れたのは、
艶やかなピンクのボンテージに身を包んだ彼女の神々しい後ろ姿であった。
息を呑み言葉が出ない彼に彼女は向き直り、目の前に腰掛けた。
視線と仕草で彼に靴をぬがさせた後、彼女は”本題”を語り始めた。
「さぁ、契約を結びたければ、あなたの唇で私の足先に判を押しなさい。」
そう告げると、彼の眼前にゆっくりと掲げられた足は静かに振り落とされ、ピタと地に着いた。
契れば、もう戻る事は叶わない、そう直感で理解しながらも彼の目はその足先から離すこと能わず、前に傾き始める身体を止める術を持っていなかった。
純白で、何も書かれていない、故に全てが記されたその”書”に今宵彼は誓いの”印”を押した。
幾ばくかの無音が漂った後、女の高らかな笑いが部屋を満たしたのであった…。