訪問客-1
「もっと登場人物の気持ちになってみた方が良いのではなくて?」
突然の訪問者は悪びれもせず、彼にそう忠告した。
前任の担当編集に代わり今月より彼を担当する事となった若手編集、とだけ彼女は自身を
紹介していた。
「挨拶もそこそこに何なんだ君は。君のところの出版社では一番の古株の作家なんだぞ私は。君みたいな若造ではなく、一番優秀な編集を連れてくるべきじゃあないのか。」
「残念ながら今の先生にはその価値が認められていないんですよ。まぁ一番優秀な編集が来ているのは正解なんですが。」
「価値が認められていない…っていうのはどういう事だ?!」
「自身でもお分かりなんじゃないですか?最近の先生の著作は軒並み部数が下がってきてるんですよ?今までの額では割に合わないので、契約を改める、今日はそういったお話をしにきたんです。」
声を荒げる彼に反して、冷静に彼女はそう告げた。
「契約の改定…」
「そう、先ほど述べた理屈でお分かりのように下げる方に、ですよ。」
先ほどは強気な姿勢を見せていたものの、彼にも自覚する所があるのか、傍目にも分かる動揺を見せていた。
「でも、私たちも血も涙もない鬼ではありません。今まで弊社のパートナーとして頑張って頂いた先生に、チャンスを差し上げたいと考えています。」
「チャンス…?」
「そう、アンケートの結果にも現れている登場人物の心理描写が甘いという弱点を克服出来るなら、条件を据え置き、場合によってはアップしても良いと考えています。」
「成る程、話の流れは分かった。しかし、何をすれば?」
彼女が重要な成否を握るらしい事を感じ取り、いくらか改まった様子で彼は問いかけた。
「今までだって十分に描く人物の事を想像してきたさ、その人物の生い立ちや思想といった面からどういった感情を持つかについて…」
「だから、想像じゃなくて経験をしてみなさいと言ってるの。」
彼の長くなりそうな口上を遮り、命じるように彼女は応えた。
「登場人物になりきる、ではなく”なる”為の”取材”を通してリアルな描写を得て下さい。」
「…分かった。そこまで言うのであれば、その”取材”とやらをやろうじゃないか。」
「まぁ、読者も編集長も喜びますよ。」
彼が同意の姿勢を見せると、急に彼女は柔らかい笑顔を見せた。
「しかし、しっかり技術を持った縄師を呼んでくれるんだろうね?怪我でもしたら元も子もないからね。」
「あらやだ、目の前に居るじゃないですか。それでは先生、上着とズボンを脱いで下さい。」
当然といった態で応える彼女に、彼は目を丸くする羽目になった。
「何を言ってるんだ…素人が真似して出来るものじゃないんだぞ。…やっぱりこの話は無かった事にしてくれ。」
「そうですか、まぁ私としてはそれでも構わないですよ。ではまた後日、条件変更した契約書をお持ちしますので印鑑を用意しといて下さいね。」
「まっ、待ってくれ…やっぱりやる。やるよ。」
意外なほどあっさり引き上げようとした彼女に、思わず彼が引き止める形となった。
「…頼む。」
足は止めたものの、返事を返さない彼女の間に耐えかね、彼はそう重ねた。
「ひとに物事を依頼する際は、然るべき態度といったものがありますよね?先生。」
「お願い…します。」
「そう、良く言えました。」
それまでの厳しい視線が嘘のように、まるで子供をあやすかのように彼の頭を撫でながら、彼女は言った。
彼が気恥ずかしさからバツの悪そうな顔をしていると、彼女は徐に彼の衣服を剥ぎ取り始めた。突然の事に戸惑う彼をよそに、彼女はどこから出してきたのかいつの間にか手にした縄で彼を縛り始めた。その所作は実に滑らかで見事であった。抵抗の間もなく、縄と下着のみを身に纏い自由を奪われた彼の姿が現れた。
「…どうして?」
彼女の縄の技量に驚いた彼がようやく搾り出したのは、その疑問だった。
「体験するのであれば、なりきって頂かないと、先生。」
先ほどよりも妖しい空気を身に羽織った彼女が口元に笑みを浮かべ応えた。
暫くの間、縛り上げられた彼を面白い見世物でも見るように見物した後、彼のあご先を掴んで、彼女が座るソファ前へと彼を誘い、膝立ちにさせた。
腕を動かせず、身体のバランスが取れない彼は、彼女のリードに従う他なかった。