義母と、違和感と、同級生と-9
「芸は身を助ける……はこの場合、ちょっと違うかな。でもお陰で、毎日のように亜矢さんの
顔を見ることができた。ほんと、穴が開くんじゃないかと思うくらいによく見たよ」
「ふふ。もう、そんなこと言って」
真面目な謙吉の冗談に、亜矢の温かな笑い声が重なる。
「でも、貴洋と高校が別々になって、家に遊びに行くこともなくなった。もちろん亜矢さんに
会うこともない。憧れは憧れのまま、自然に消えていくと思ってたんだ」
でも、と言葉が繋がった。
「そんな時、駅で亜矢さんとばったり会った。ちょうど去年のこの時期だったよね」
「そうそう。それでお茶をしたの。駅前の喫茶店で」
「うん。初めは近況を聞かせて、なんて言ってたけど、亜矢さん、どんどん自分の話ばかりに
なっちゃって」
「う、うーん。だってそれは、ねえ」
亜矢は少女のように頬を赤らめると、照れ臭そうなごまかし笑いを浮かべた。
(そ、そうだ)
その姿を塀越しに見つめながら、貴洋も昔を思い出して納得する。
三好謙吉とは、そういう奴なのだ。
古めかしい名前に見合った年齢より大人びた雰囲気。話し上手だが、それ以上に他人の話を
しっかり受け止め、適切なアドバイスが出来る聞き上手。
同い年とは思えない包容力に乗せられて、話を引き出すつもりがいつの間にやら自分のこと
ばかりぺらぺらと喋っている。そんなことが貴洋にもよくあった。
「でも亜矢さん、あの後結構すぐ連絡くれたよね。パソコンの調子が悪いから診てほしいとか
そんな理由だったけど、あれ、嘘だったんでしょ?」
「う、うん……確かに調子はよくなかったけど、診てもらうほどじゃ……なかった」
「ふふ。やっぱり」
「今思うと、淋しかったのかも。あの人のいない生活にようやく慣れてきたら、今度は貴洋が
遠い東京に行っちゃって、本当に一人になったような気がしてたから」
「っ……!」
貴洋がぎゅっと強く唇を噛む。自分の都合を優先させて東京に出てしまったことを、今ほど
悔やんだことはなかった。