ヴィーナスの思惑-4
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あの人に送る短い手紙を書き終えると、ミチオはゆっくりとテーブルから離れ、浴室へと向か
った。冷たいシャワーが二十歳になったミチオの肉体を覆うとき、ペニスが不意に頭をもたげ
よう微かに蠢くのは、自分の心と肉体をとりまく空気が色彩を失ったときなのだと彼は思った。
彼はそう思うことに不自然さを感じなくなっていた。浴室の鏡に映った、彼のモノトーンの姿
態が物憂く瞼の裏に浮遊する。色白の顔は艶やかな羊皮のように潤んでいたが、体毛のない身
体はまるで沈鬱な被膜によって薄墨色にうっすらと覆われているようだった。
彼はけっして自分が小柄な男だとは思っていなかったが、なぜかまわりの女性が大きく見えた。
それは彼にとっても、彼を目の前にしたあの人にとっても、とても都合のいいことだった。
何よりも、あの人はミチオより豊かすぎる肉体をもち、扁平な彼のからだより、麗しい起伏に
充ちていた。そして、彼女がもっている肉体の、魅惑的な隆起も、窪みもミチオは持ってはい
なかった。それはけっして男と女の肉体の違いというわけではなく、支配する人間と支配され
る人間の肉体の根本的な違いなのだ。ミチオはいつもそう思っていた。
シャワーの飛沫が下半身を覆ったとき、ミチオはあの人をいつものように心の中に想い描く。
彼女の淡い面影が走馬灯のように揺らぐ。揺らいだ彼女の姿が不思議な沈黙に包まれ、彼の
脳裏で幾重にも重なったとき、下腹のあたりに奇妙な、懐かしい疼きを覚え、性器の奥に微か
に泡立つものを感じた。
ミチオは自らの掌をすべらせるようにシャワーで濡れた下腹部へと這わせる。これが最後の自
慰だと思った。少なくとも自らの意志で精を放つことは…。冷たいシャワーできゅっと締まっ
た垂袋を撫であげると、睾丸は微かな収縮を始め、脈を打ち始めた肉幹が身を捩るように硬さ
を含んでいく。薄いピンク色の亀頭に触れ、雁首のえらを指先でゆっくりとなぞる。微かな快
感に彼は小さな嗚咽を洩らした。爪でペニスの鈴口の割れ目をつつくと、ペニスの先端から物
憂い匂いが漂い、次第に熱を含み、硬くなる幹がそり返る。屹立したペニスの先端がぷるぷる
と揺れ、しだいにあの人の幻影に冒されるように色彩を帯び、鈴口に粘り気のある液が湿って
くる。
彼は指先で薄桃色の包皮に浮き出した青い血管をなぞりながら掌でペニスの幹を包み込んだ。
そしてゆっくりと肉幹を揉みしごく。のけぞる肉幹が熱を孕み、性器の奥で精液が喘ぐように
蠢き始める。それはミチオにとって必要のない精液だった。殺風景で、意味なく澱んだ精液の
一切を彼は搾り出したかった。なぜなら、これからミチオはあの人だけによって生まれる精液
を、あの人だけを欲望した精液だけを溜めることになるのだから。そう、思うと、ミチオは
荒々しく肉幹をしごき、指爪を包皮に喰い込ませ、烈しく悶えるように射精した。
指に絡みついた白濁液が物憂げに澱み、濁った鈍色の光を放っている。指のすき間を滴る液が
沼底に澱んだ水彩絵の具のように淫靡に蠢き、栗のような甘酸っぱい樹液の匂いを漂わせてい
た。彼はその匂いの中からあの人に対する欲望の匂いを嗅ぎ分けようとしていた。白濁液の中
に、ミチオのからだから絞り出されたものが、ひとりでに浮遊していくような錯覚にとらわれ
る。微かにあの人の体液を含んだ匂いを嗅いだような気がしたとき、ミチオは、あの人の中に
挿入された自らのペニスを想い描いた。あの人が、深く、強く、受け入れた彼のペニスを。
そのとき、ミチオは指先から滴る溶けた精液を唇で啜った。そしてあの人の子宮の中に流れる
精液を感じたとき、彼の精液のすべてが、あの人が彼に生ませたものであるべきだと思った。