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ヴィーナスの思惑
【SM 官能小説】

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ヴィーナスの思惑-3

「あの頃、あなたが恋したその女性は女王様でなければならなかった。あなたの想いは彼女に
虐められ、調教されることによって、あなたらしいものに深めることができた。でも、あなた
は死をさまよったことで、その人のすべてを失った…。違うかしら」そう言ったアカネさんに、
ミチオは言葉を返すこともなく、目の前のウイスキーグラスに手を添えた。

「あの人に求めたぼくの調教は、また終わってなかったと思っている。なぜなら、アカネさん
があの人に似ていたとしても、ぼくはあの人以外の女性であるきみに欲望を抱いた」

「あなたは、その人の完全無垢な奴隷にはなっていなかったということなのね。でも私にとっ
ては光栄なことだわ」と言いながらアカネさんは小さな笑みを浮かべた。

「それはあの人だけを求め、あの人だけが与える苦痛と悦びにすべてを委ねる心とからだにな
るという《調教の結果》は、ぼくの中に不完全なまま残り続けているということなんだ」
そう言ったミチオに対して、彼女は何かを考えるような表情を見せると、取り出した煙草を咥
え、ゆっくりとライターで火をつけた。

「あの人は、ぼくの調教を終わらせないまま、ぼくから離れていった。そうなんだ…ある日、
突然、彼女は恋人とともにぼくの前から姿を消した…」
「失恋したのね…」といいながら、小さく笑ったアカネさんにミチオは、戸惑うような顔をし
た。

「ごめんなさい。ミチオくんにとっては、あの人の調教から自由になることが怖かったのね」
ミチオはその言葉に、まるで心臓の奥をナイフで刺し抜かれるような畏怖を感じた。その感情
は十五年前のあのときから悪夢のように彼を悩ませ、呪縛し続けていた。

「そうなんだ。ぼくは今でもそう思い続けている。調教を終わらせたくない…彼女が与える痛
みなら拷問でもぼくは悦びとして受け入れられると今でも思っている。ぼくがあの人が与える
苦痛から解放されるといことは、ぼくの中に失意と絶望だけを残すということなんだ」

「あなたが彼女のものである限り…ということかしら。あなたは『毛皮を着たヴィーナス』を
夢見ているのかもしれないわ」そう言いながら、アカネさんはミチオがカウンターに置いてい
た、ザッヘル=マゾッホの古い文庫本を手にした。煙草を深く吸ったアカネさんがページをめ
くるかさかさとした音だけがふたりのあいだを静かに流れていく。

「わたしは、あなたの素敵なヴィーナスになれるかしら…」

アカネさんが窓の外の風景をじっと見つめ、大きく煙草の煙を吸い込んだとき、彼女の豊かな
胸の先端が微かにふくらみ、ため息を吐くように沈んだ。降り始めた藍色の雨は、港の風景か
ら色彩を奪うように曇らせている。そのとき、十五年前の記憶が一本の糸をたぐり寄せるよう
に、ミチオの心の中に微かに浮かんできたような気がした…。


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