星司の帰国。そして…-7
そんな陽子の肩を、そうっと触れる者が居た。ビクッと震えた陽子が、涙でグショグショになった顔を上げると、そこには雄一が立っていた。触れられた肩から、戸惑いながらも気遣いを見せる雄一の優しさが伝わってきた。
「雄ちゃあぁん」
陽子はその優しさにすがり付くように、雄一に抱きついた。突然のことに、ビクッと震えて身を固くした雄一だったが、それも一瞬のことだった。雄一はその逞しい腕で陽子の華奢な身体をしっかりと支えた。
「雄ちゃん、あたし、ちゃんと言えたよ」
「うん、聞いてた」
「でも、怒鳴ったから、伝わったかなぁ?」
陽子は幼児が親に聞くような目で、雄一を見上げて聞いた。
「陽子さんらしくてよかった。姉ちゃん、喜んでるよ」
変に優しく送り出すよりも、今後の悠子にとっては、その方がよかったと雄一も思っていた。
「そう、よかった…」
安心した陽子は、もう一度雄一の胸に顔を埋め、ぎこちない手付きで頭を撫でられる心地よさに甘えることにした。
しばらくすると、その心地よさの中に、ふと違和感を感じた。怪訝に思った陽子が見上げると雄一が泣いていた。
雄ちゃんも寂しいんだ…
雄一によって癒された。今度は自分が癒す番だ。そう思った陽子の口から、自然とそれが零れた。
「雄ちゃん、抱いて…」
ピクリと雄一の震えを感じた直後、鍛えぬかれた男の腕で強く抱き締められた。陽子もそれに応えるように抱き返した。重なる唇、雄一の涙が陽子の頬を濡らした。
それは少し昔の出来事。星司と悠子がもたらせた2人のほろ苦い思い出だった。
陽司からの電話で、雄一の子供を産めと言われた陽子は、その時のことを思い出して苦笑いを浮かべた。
技もなく、ただがむしゃらに突いてくる雄一の行為に、高ぶりながらも安らぎを感じていた。
思いもよらずに男女の関係を持った2人だったが、それ以降、腫れ物が落ちたように、お互いを求めることはなかった。親友の弟、姉の親友といったお互いの立場に戻っていた。
その後、再び関係を持ったのは最近のこと、それも基本的には【痴漢専用車両】の中の限定だった。
複数の男に犯されて乱れはするが、やはり雄一との行為は特別で心が高ぶった。それを思い浮かべた陽子は父親と電話中だったことを一瞬、失念してしまった。自然と指が割れ目の中を行き来した。
「はあぁ…、雄ちゃんたら、しっかりテクニシャンになっちゃって…」
ふと、洩らした甘い吐息とつぶやきが、電話の向こうの陽司に届いた。
『ほう、だったらいいじゃないか。陽子、お前、手島と一緒になれ』
陽子と雄一が肉体関係を持っていたことぐらいは、陽司にもわかっていた。ただ、陽子の心の中の割合が星司に多く割かれていたため、陽子の性格を考えて、変に刺激を与えていなかったのだ。
「えっ?あっ、あたしっ?えっ?もうやだあ!」
顔を真っ赤にした陽子は、受話器を叩きつけるように電話を切った。
「最っ悪…」
言うにこと欠いて、父親に対してとんでもないことを口走ってしまった。
落ち込んだ陽子だったが、受話器と反対の手の指は、しっかりと割れ目の中に収まったままだった。悶々としながら、敏感な部分をしばらく弄っていたが、さすがに気が乗らなかった。
「もういいや!今日は早引けして、優子ちゃんと遊ぼうっと」
しばらく時間を置いてから、今度は陽子の方から雄一に電話をかけた。相手が出ると開口一番で言った。
「手島くん、帰るから迎えにきて」
『何言ってるんですか。こっちはそれどころじゃなかったんですよ』
「どうしたの?」
『親父さん、目を血走らして『今から陽子のところに行って、犯してでも子供を作ってこい』って。堪りませんよ。それと『テクニシャンとして責任取れ』って言われたけど、陽子さん、親父さんに何て言ったんですか?』
その時の雄一のうろたえる様子を思い浮かべて、少し楽しくなった。
「あら?あたしじゃ嫌なの?」
「えっ?何言ってるんですか…」
「雄ちゃん、抱いて…」
「バカ」
慌てて電話を切った雄一だったが、直ぐに迎えに来てくれるはずだ。
普段は意識的に距離を置いて、お互いに求めることはないが、今日は特別に頼んでみようと思った。
始めて関係を持った時以外に、過去にも1度、陽子の方からその言葉を使って雄一を求めたことがあった。陽子はその時に思いを寄せた。辛い過去に。