初めての夜-1
カチャリとオートロックのドアが閉まる。
これで、精算をしない限りこの部屋から出ることは事実上出来なくなった。文字通り二人だけの密室になったのだ。
互いに俯き、照れを隠すように手をつなぎベッドルームに入る。
ソファーに荷物を置いた時、内線電話のベルが鳴った。
「はい。はい。宿泊でお願いします」
入室確認の電話だった。これから先、ホテル側から連絡が入ることは恐らく無い。もうチェックアウトまで二人を邪魔するものは無くなった。
今から6時間ほど前、絵美が外出届ではなく、外泊届を申請し承認されていたことが判明した。それは同時に、どこかに宿泊をしなければならないということを意味していた。
勿論、絵美の意思を無下に却下することも可能だろう。しかし、女性から意を決したとも思える行動を示されたものを突き返すことは失礼だし、そうなることを望んでいるのであれば、受け入れるべきだろう。
言い方を変えれば、女性からその気を示してきたことは相当の勇気が必要であるに違いない。簡単にその勇気を振り払うことも出来ない。
絵美も、女の方からある意味SEXを求めていると言っていい行動に、果たして慶一郎はどう思っているのだろうかと内心心配していた。
(軽い女と思われちゃうかなぁ・・・慶ちゃんも経験がないわけじゃないだろうけど、これだけあからさまだと引いちゃうかも・・・)
もうお互いに子どもじゃないし、それなりに経験もしているはず(この時点では絵美のスケベ加減は知らない)、カラダの関係から始まる恋愛だってある。慶一郎は、何も言わず絵美の想いを受け入れることにした。
絵美の想いを受け入れるのはいい。しかし、外出を前提に今日のプランを練っていた僕は明日の朝までどう過ごしたらいいのか困惑した。入院先の外出時の門限は20時。余裕を見て19時30分には病院に戻る予定を立てていたからだ。
公園または水族館の後は、少し早目の夕食のため、感じのイイ割烹風の和食の店を予約していた。場所が、病院に戻る途中にある。帰る時間も計算し、17時30分の開店すぐに予約を入れていた。
今から6時間前の会話に戻る・・・
「へ!?それってマジな話なの?大胆過ぎるじゃん」
「だって・・・」
それ以上は聞かなかった。自分自身は無事退院し、来週からは仕事に戻る。二人の出会いがあまりにも突発的だったし、付き合い始めてからもほぼ毎日一緒に過ごしてきた。そんな簡単に出来上がった絆だから、逆に簡単に崩れていってしまうんじゃないか・・・そんな不安を抱いているというようなことを絵美は言っていた。
口では「そんなことない。心配しなくていいよ」と言ったけれど、絵美自身額面通り受入れることはそんなに簡単なことでは無かったのかもしれない。
「じゃあ今夜はどこかに泊まろうか?」
「うん」
そこからはイチャイチャするのを一旦やめ、スマホで宿泊情報をリサーチし始めた。
絵美もほっぺたがくっつく位の距離にまで顔を近づけ、スマホの画面を覗いた。
「実は、夕飯のお店予約しちゃってるんだ。病院に戻る帰り道にあるんだよね」
「じゃあ、その近くでいいんじゃない!?」
「うーん・・・でもその辺は、せいぜいビジネスホテルぐらいしか無いんだよね。何度かあの辺行ったことがあるけど、まず無いよね。今、検索してるんだけどやっぱり無いな〜。またこっちに戻ってくるんだったら、海岸沿いに何軒もあるんだけど・・・」
「あ、ここにあるじゃん。ここってそんなに遠くないんでしょ」
絵美が画面で指差したのはラブホテルだった。
確かにラブホならば、ここだけではなく何軒もある。二人の初めての夜になるだけに、気を遣ってシティーホテルとまでは言わなくても、それなりの宿泊施設をと考えていたのだが。
「でもここはラブホだよ」
「私は・・・慶ちゃんと一緒だったらどこでもいいよ」
結局、夕食の予約を入れた飲食店から30分程度の距離にあるラブホに決めた。ラブホとは言っても、この地域では比較的グレードが高いホテルだ。ネットで予約が取れるのも決めた理由の一つ。週末の夜である、人気のホテルは早々に埋まってしまう恐れがある。
おしゃれでグレードが高いだけに、この時間でも予約出来たことをラッキーだと思った方が良さそうだ。予定外の出費にはなるが、財布のことを気にしている場合ではない。
予約していた割烹店には予定通りに到着した。
味は勿論のこと、盛付け、器など料理に関することは非の打ちようがない。加えて、カジュアルな自分達でも気持ち良く対応してくれたその接遇の素晴らしさは、仕事をしている成人すべてが見習うべき姿だと思うほどだった。
しかし、そんな素晴らしい食事のことも、その後の夜のことが頭をよぎり気になってしょうがない二人は食事に没頭して楽しむことが出来なかった。
店を出てもどことなくぎこちない。
「本当に美味しかった。お昼のイタリアンもスゴイって思ったけど、今のお店はそのワンランク上だったね。さすが、グルメレ・・・」
「だから、グルメレポーターじゃないって」
絵美のお約束フレーズを途中で遮った。車に乗った二人は最初こそ、割烹店の話で盛り上がっていたが、次第に口数が少なくなっていく。互いにこの後起きる事=SEXのことが頭の中に浮かんでは消えていた。
途中コンビニに寄りドリンク等を買い込み、今夜の買い出しを済ませた頃には、絵美はずっと僕の腕にしがみつくように寄り添い放しになっていた。
僕も徐々に火照り始めたように感じ始めていた。
そして、とうとう目的のホテルに到着する。予想通り、既に空室待ちが出来ている。時刻は予約時間の1分前になっていた。
予約と書かれた部屋番号の駐車スペースに停め、フロントに予約していることを告げた。