狂乱の夜-29
「相変わらず、腕は落ちてねえな、いっちゃん……。」
まったく動じた様子もなく、重丸の目の前に立ちはだかっていた黒ずくめの男。
「はあ、はあ……。」
重丸の吐く息が荒い。
目の前に立ちはだかる和磨を鋭い眼光で睨みつけていた。
気合いは十分だったが、正面に構えた木刀の先が小刻みにブレて止まらない。
「嬉しいぜ、いっちゃん、昔のままでよ……。」
「はあ、はあ、お前は……だいぶ変わったがな……。」
いいや、こいつこそ昔のままだ……。
昔のままどころか、さらに進化して完全な化け物になりつつある……。
「おう、そうかい。まあ、いっちゃんも昔はダチを売るような奴じゃなかったからな、お互いに変わったってことで痛み分けにしとこうぜ。」
「はあ、はあ、そうか、それはありがたいことだ……。だったら、このままおとなしく青森へ帰れ……。」
くそ……たった一太刀さえも、入れることができないとは……。
「そりゃあ、無理だ。ツグミはきっちり連れて帰る。保護者が子供を引き取りに来ただけだ。なにもそんなにムキになるこたぁねえだろう?」
「保護者だと?貴様、どの面さげて言ってるつもりだ?シホは……シホは絶対に渡さんぞ!」
命に代えても守ってやると約束した。
「ああん?しほ?誰だそりゃ?……ああ、確かいっちゃんの娘にもうひとり、そんなのがいたっけな。行方不明になったんだっけ?……なんだ、そういうことか……。」
和磨が悪魔じみた笑みを浮かべた。
「いってくれりゃ、かねもとらねえで娘に会わせてやったのにな」
「なに?それは、どういう意味だ!?」
「決まってんだろ」
重丸の目の前で、残忍なほどにやけていった顔。
唇の端を大きく吊り上がらせた。
そこに立っていたのは、まさしく人間の皮を被った悪魔。
「うちにいたからだよ。」
勝ち誇ったように笑っていた。
「き、貴様ぁ……。」
薄々予感はしていた。
あまりに出来過ぎていた志帆とツグミの酷似。
ツグミは、知らぬ存ぜぬと首を振るばかりで、いまだに教えてはくれない。
だが、話が出来すぎている。
同じ名前、同じ誕生日、そして、マグダラのマリア。
キリスト教徒でもマグダラのマリアの聖名祝日を知るものは少ない。
ツグミは間違いなくなにかを知り、そして、それを隠している。
だからこそ、ツグミに固執したのだ。
「貴様!俺の娘をどうしたぁっ!!!」
日の当たる場所に出ることのなかったツグミが志帆を知っている。
それは、つまり志帆が同じ境遇に置かれていた可能性を示唆している。
ツグミは、かたくなに知らないと言い続けた。
そんなはずはないのだ。
彼女は確かに娘に会っていたはずなのだ。
だが、それを認めようとしなかった。
和磨の支配下から逃れてもなおだ。
それはつまり、話したくとも話せない状況にあったということだ。
ツグミの表情を見ていてわかった。
つまりは、そういうことなのだ。
「貴様……いったい……いったい、俺の娘になにをしたんだっ!!!!」
しかし、だからといって割り切れるはずがない。
怒りは頂点に達していた。
「おいおい、勘違いすんな……。」
勘違いだと?……。
にやけた顔が許せなかった。
そこにいたのは、俺の知っているカズじゃない。
「貴様……殺してやる……。」
気が付けば地面を蹴っていた。
殺す勢いで、突きに出た。
何が何でも吐かせるつもりだった。
「おっとっ!!!」
だが、冷静さを失った剣に正確さはなかった。
「惜しかったな。あと5歳若けりゃ、入ってたかもしれねえな。」
ズボンのポケットに両手を突っ込みながら悠然と構える和磨に、慌てる素振りは微塵もない。
「はあ、はあ……志帆は……志帆はどこにいる……。」
嘲りや皮肉など、どうでもいい。
重丸の脳裏には幻の娘の所在、その一点しかない。
和磨は答えない。
傲然と佇みながら、嘲るような表情で重丸を眺めているだけだ。
「答えろ!!和磨ぁぁぁっ!!!」