遠き日々-7
――警察病院内――
不思議な色香がある。
この少女を前にしたとき、シンドウはいつもそれを感じずにはいられない。
信じられないことだが、彼女はすでに、その未熟な肢体を使って男を惑わせる術を身につけている。
男を知っているのだから、情欲を焚きつける色香のごときフェロモンを発散させていても不思議ではない。
だが、違うのだ。
彼女から感じる色香は、それだけではない。
男の肉欲を煽り、無差別的な攻撃衝動を駆り立てるだけのものとは違う。
いい方としては妙だが、敢えて表現するなら崇高な存在の向こうにある淫らさ。
そんな感じだった。
この不思議な色香をシンドウはどこかで覚えていた。
着替えのために家に戻ったとき、鏡台の前で長い髪に櫛を通していた母親を見かけて、ようやくそれを思い出した。
時々、母親に垣間見る色香と同じなのだ。
自分の親に懸想したことなど一度もない。
しかし、男にとって女親とは永遠の女神であり、思慕と畏怖と清廉と淫靡ささを内面に潜ませた常にミステリアスな存在なのである。
この幼い少女を前にしたとき、なぜかシンドウは同じものを感じずにはいられなかった。
あの刑事は姉妹だといった。
最初は、シンドウもそう思っていた。
しかし、彼の見立てを聞いているうちに、違う答えが浮かび上がってきた。
目の前の少女を眺めていると、その答えは、ますます確信に近いものに変わっていく。
狂ったように刺しまくったのは妹だからじゃない。
自分の娘だからだ。
それは単なる感でしかなかったが、シンドウは自分の直感を信じた。
「あの子は元気にしてるよ。またミルクの量が増えたそうだ。ずいぶんと食いしん坊な赤ちゃんだね。すごく元気で、よく笑うから看護婦さんたちにも大人気だ。たくさん可愛がってもらっているよ。なにも心配することはない。あの子は、大丈夫だ……。」
事件から3日が過ぎても少女の様子はなにも変わらなかった。
相変わらず魂が抜け落ちたような光のない瞳で一点を見つめるだけだった。
ケガはずいぶんとよくなり、外出の許可も得ていたが、取り調べは警察病院の病室でつづけていた。
なかなか報告の上がってこないのに苛立った係長から、一度署に連行しろと催促されたが、それは無視した。
もしかしたら、捜一の課長から横やりが入ったのかもしれない。
事件のことには一切触れなかった。
ただ、あの赤ん坊のことだけを教えつづけた。
考えがあった。
あの赤ん坊は、同じこの警察病院内にいる。
すぐ身近なところにいて、それは少女も知っている。
だが、彼女は事件以来、監視役の女性警察官に24時間付き添われて、未だに行動は自由になれない。
赤ん坊にも、いっさい会えずにいた。
いずれ限界が来る。
シンドウには確信めいた予感があった。
この少女の瞳に光をもたらすのは、あの赤ん坊しかいない。