遠き日々-4
「なあ……」
「あ?」
「お前さんの見立てでいいんだが、あの二人の関係はなんだと思う?」
「あの二人って、あの娘と赤ん坊のことか?」
「そうだ。」
少女の持ち物からガイシャとの関係はおおかた予想がつく。
売春婦と客だ。
信じられないことだが、それはこの刑事自身がシンドウに教えたことだ。
状況から推察しても、おそらくそれは間違っていないだろう。
わからないのは、なぜあの少女が赤ん坊を抱いていたのかだ。
売春目的なら、赤ん坊が一緒にいるは不自然だ。
どうして、赤ん坊を連れて行った?
その理由がわからない。
「うーん……そうだな。おそらく姉妹……、そんなところじゃねえのか?」
刑事は自分の見立てを口にした。
「姉妹?」
推理としては妥当な線かもしれない。
あのふたりの年齢から考えてみても、そう判断するのが当然だろう。
しかし……。
「なぜ、そう思う?」
この刑事の見立てをすべて聞いてみたかった。
「なぜって、そりゃあ……まだはっきりとはわからねえがよ。あんな胸もねえガキの子供ってことはねえだろ?」
だよな……。
そう考えるのが本来なら普通だ。
「あの赤ん坊があの場にいた理由は?」
シンドウの質問に刑事はしばらく思案顔になった。
「まあ、これは憶測に過ぎねえんだが、おそらくあの娘と赤ん坊は日頃から一緒にショーバイしてたんじゃねえのか?
ホテルからの目撃証言でも、あの娘が赤ん坊を抱いていたのは、今回が初めてだったわけじゃねえようだからな。」
「いつも赤ん坊連れだったのか?」
「らしいな。似たような子供を見かけたって証言は幾つもある。」
「どうして赤ん坊を連れて行ったんだ……。」
その理由が知りたい。
「それは、お前らがこれから調べるんだろうが。
しかし、あの娘がショーバイのたびに赤ん坊を連れて行ってたのは事実だ。
おそらく、なんらかの理由で預けることができなかったんじゃねえのか。
まさか、あの赤ん坊までショーバイしてたわけじゃねえだろうからな。」
それを聞いて、シンドウは敢えて常識の範疇では考えられない質問をぶつけてみた。
「なぜ、いい切れる?」
「ああ!?おい、お前、まさか!?……」
刑事は驚いた目をシンドウに向けた。
しかし、すぐにため息を吐くと、思い直したようにつぶやいた。
「まあ、あの娘のやってたことを思えば、そう考えても不思議はねえか……」
少女売春。
物的証拠や状況から推測できるように、あの少女がホテルへ身体を売りに行ったのは、まず間違いない。
彼女が運び込んだトランクの中身が、まさにそれを裏付けている。
男根の責めになどとても堪えられないような身体をしているくせに、大人のオモチャまで持ち込んで彼女はそれをやりにいったのだ。
しかも赤ん坊連れでだ。
商品として売っていた、あの未熟すぎる肢体がどうしても余計なことまで詮索させる。
もしかしたら彼女は、とびきり青い春も一緒に売り込んでいたのではないのか?
常に赤ん坊連れだったという事実は、考えたくもないがそれを疑わせても仕方がなかった。
だが、刑事はそれをあっさり否定した。
「おめえが邪推するのも無理はねえが、今回に限っていえば、おそらくそれはねえな」
「なぜだ?」
「野郎が刺されているからさ」
シンドウは怪訝な顔になった。
この刑事のいわんとしていることがわからない。
だが、彼が否定してくれたことに、どことなくホッとしている自分がいた。
世の中、そこまで腐っているとは思いたくない。
「ガイシャが刺されたことと、あの赤ん坊となんの関係がある?」
怪訝な顔のまま訊ねた。
「本当に鈍い野郎だな。
まあ、お前の歳じゃ、まだ正面からしか物事を見ることは出来ねえか……。
いいか?あの時の状況をよく思いだせ。
あの娘は赤ん坊を抱いたまま腕から離そうとしなかった。
おそらく守ろうとしてたんだ。
ガイシャはガキの力だったから助かったものの滅多刺しにされていた。
あそこまで刺しまくるってことは、よほどあの娘からひどい恨みを買っていたと考えられる。
この二つの状況から考えると、ひとつのことが見えてくる。
ガイシャがあの赤ん坊に何かしようとしたんだ。
だから、あの娘は妹を守るために狂ったように刺しまくった。
凶器となったナイフからは、ガイシャの指紋も検出されている。
これはまだ確証を得てねえが、ナイフはガイシャが持ち込んだものじゃねえかと俺は思ってる。
あのナイフを使って姉を脅し、妹に何かしようとしたところを逆に奪われて刺された。
間抜けな話しだが、そう考えると状況に整合性が出てくる。
おそらくガイシャの野郎は、あの赤ん坊の妹にも手を付けようとしたんだ。
それをやめさせようとして娘から刺された。
ってえことは、あの赤ん坊は商品じゃなかったんだよ。
預ける場所がなくて仕方なく連れて行った。それだけだ。
俺は、そう考えてる……」
「ガイシャが赤ん坊に何かしようとしたという根拠は?」
「それなんだがな、ガイシャを調べていて面白えことがわかった。」
刑事が皮肉げな顔になった。