忍び寄る影-4
シンドウが崇拝してやまない「春雷重丸」から倖田組を見張るように頼まれたのは、もう、4年も前のことだ。
「見張る……って、倖田組をですか?」
本町署の目の前にある喫茶店の中だった。
「ああ、すまんが頼まれてくれるか?」
年長者であり、師匠でもある重丸は、申し訳なさそうな顔をしながら、そう言ってシンドウに頭を下げた。
「おわっ!重丸先生、頭なんか下げないでください!もちろん、重丸先生の頼みなら、なんだってやります!……けど……。」
しかし、解せないことがある。
「でも僕は、少年課ですよ。マルジー(暴力団)相手なら、強行班(捜査一課強行班係)かマル暴(組織犯罪対策班)の人の方が良いんじゃないですか?」
確かに少年課でも、マルソウ(暴走族)の奴らを検挙するにあたり、マル暴と合同で捜査をすることがある。
暴力団が、ヤクやシンナーをさばくのに、少年たちを使うことが多いからだ。
だが、それはもっぱらマル暴側から要請されることが多く、少年課はそのおこぼれを頂いているに過ぎない。
女性警察官も多く、日頃から未成年者の窃盗や恐喝、売春など、生ぬるい事件ばかりを扱っている少年課ごときが、暴力団相手に喧嘩を売ることなど、まずないのだ。
それに、なんと言ってもマル暴ならば、マルジーに対する情報量が違う。
日頃から、ヤクザ相手に目を光らせているだけあって、組織犯罪対策班は、対象のイロどころか、子供の友人関係から、遊び先、果ては、飼っている犬の散歩道まで握っていたりする。
だから、暴力団を見張るなら、マル暴の人間に頼んだほうが、遥かに効率は良いはず。
そして、マル暴の中には、目の前の男を、神のごとく崇拝する人間も多い。
「いや、それほど切羽詰まったことじゃないんだ。それに、あまり大袈裟にしたくない。実を言うと、すでに組対班の人間には、すでに頼んでいるんだ。君以外にも、他に3人ほど、同じことを頼んでいる。」
「そうなんですか!?」
「ああ、だから、無用な気遣いをする必要はない。君を信用してないようで申し訳ないんだが……。」
「そう……ですか……。」
重丸の頼みであるならば、シンドウには、どんな事でもする覚悟はある。
それだけ、シンドウは、この重丸という男に惚れているし、尊敬もしている。
だが、てっきり頼られていると思っていただけに、他にも似たような頼みをしている人間が3人もいると聞かされて、わずかではあるが、シンドウは、信頼を得ていないような気持ちにもなって、少しだけ落ち込んだ。
気持ちが顔に出るのが、この青年の悪い癖だった。
重丸は、シンドウの表情から、機敏に察したらしい。
「ああ!でも、一番頼りにしているのは君なんだ。少年課ではあるが、君の捜査能力には並々ならぬものがある、と君のところの課長も話していた。だから、君には絶対にお願いしたいんだ。それに……。」
シンドウが優秀だというのは事実であり、数年後に彼は、重丸の言葉を出世頭の昇任という形で証明することになる。
だが、もうひとつ。
重丸には、彼だからこそ頼みたい理由があった。
しかし、それを口には出さなかった。
「それに……なんですか?」