ヨーダとシノ-2
「うるさいよ。死んでないから。」
シゲさんに睨まれた。
あ、……そうなんですか?
まったく動かないので、てっきり、逝かれたのかと思いました……。
見つめる視線の先に、穏やかに眠る野呂課長の姿があった。
まだ、病院の中。
レンと違って、ちょっと小さめの個室。
シゲさんとふたり並んで、眼下に横たわる小柄な影を見つめていた。
「軽い暑気あたりだそうだ。ここのところ暑い日が続いたからな。
きっと、それが堪えたんだろう。
夕方、自宅で倒れたと奥さんから知らせを受けて、それで慌てて駆けつけたんだ。」
「だからケータイを?」
「ああ、病院の中じゃ、マナーモードでもマナー違反だからな。」
シゲさんがケータイに出なかった理由。
なるほど。
「それで、……お前は、どうしてここに?」
「ああ、友達が入院しちゃって、それで……。」
勢いあまって、手首を切った友。
複雑な家庭環境に育ち、妹を助けてやることが出来なかった。
やり方は正しかったわけじゃないけれど、自暴自棄になった妹を守ろうと、アイツはアイツなりに必死だった。
今頃は、奥の角部屋で、その妹のために必死になってる真っ最中。
意外とタフだなお前。
もう、逝かれましたかね?
妊娠だけは、気をつけろよ〜。
「そうか……。」
オレの答えに、シゲさんは、ポツリとつぶやいただけだった。
珍しく、精彩のない顔をしている。
野呂課長を見つめる眼差しには、ありありと不安の色が窺えた。
「軽い暑気あたり……なんだよね?」
あまりの心配そうな顔つきに、不安になって、もう一度確かめた。
「ああ、確かにそうなんだが、野呂さんは、心臓も悪いんだ。前にも一度、倒れたことがある。それが理由で……。」
そこまで言ったところで、シゲさんは、急に口を閉じた。
「それが理由で、……なに?」
「いや……なんでもない。」
出たよ……。
なに?オレに隠し事するのがあなたの中で流行ってるわけ?
野呂課長の心臓が悪いなんて、初めて聞いたよ……。
「ところでさ、シゲさんに訊きたいことがあるんだけど。」
場所柄、相応しい話題とも思えなかった。
だが、シホという女の不可解さが、オレを性急にさせていた。
それに、早く帰らないと、アイツらをふたりだけにしてしまう。
「なんだ?」
シゲさんの顔つきが変わる。
銀縁メガネがキラリと光った。
オレの訊きたがってることなんか、シゲさんには、すっかりお見通しらしい。
「あ、あの……シホさんのことなんだけど……。」
鋭い眼に睨まれて、急に弱気になってしまうオレ。
「シホの?シホの何が訊きたい?」
逆にあちらは、強気な口調。
「う、うん。……あのさ、彼女っていったい……。」
何者なの?と訊こうとしたところで、不意に後ろの扉が開く音。
同時に、ふわりと飛び込んできた甘い匂い。
振り返ると、花瓶を両手に携えた美少女が立っていた。
花瓶には、色とりどりのガーベラ。
「あら?タカさん?」
見覚えのある顔が、懐かしそうに微笑む。