嵐の前-6
マナミが逡巡していると、男の口元から笑みがこぼれた。
「薬を渡すだけだ。」
あっ、と思い当たることがあって、マナミは、後ろに隠していた両手を,恐る恐る差し出した。
男はスーツのポケットから、白い錠剤の入ったシートを何枚か取り出すと、水をすくうように広げたマナミの手のひらの中に、そのシートを落とした。
右の手のひらの真ん中あたりには、まだ、あの時の火傷の痕がくっきりと残っている。
この男に、女にされて半年ほど経った頃、マナミは正真正銘の女になった。
客たちは、避妊具を使わない。
まだ未熟な性器は、躊躇いなく撒き散らすことができる。
そして、その傍若無人な振る舞いこそが、ここにやってくる男たちの最大の愉悦でもある。
だから、本来ならば、マナミの胎内には、とっくに新しい命が芽生えていても、おかしくはない。
「この薬を飲み続けろ……。」
生理が始まると、すぐにこの男が手渡してくれるようになった白い錠剤。
日本では、まだ売られていない微少用量のピル。
マナミは、腹の中に子を宿さないように、毎日この薬を飲み続けている。
「今日は、お休みになっていくんですか?」
もらった薬を、いつもの隠し場所に仕舞ってから、男に訊ねた。
男は、答える代わりに軽い微笑を口元にたたえ、静かに身体を倒していった。
マナミは立ち上がり、男のスーツを脱がせると、衣装棚に吊した。
だが、それだけだ。
男は、ベッドに横たわり、目を閉じてしまうと、安心したように眠り込んでしまう。
マナミに、手を伸ばそうとはしなかった。