見えない正体-24
俺を殺さなかった事を後悔させてやるよ……。
復讐に執念を燃やした和磨が、また渡世の世界に戻ってくるのは、それから3年後である。
和磨は、如月組の代紋を、再び同じ地に掲げた。
若い者は、すぐに集まった。
殺されたとばかり思っていた和磨が、再び戻ってきたことで、それまで行き場を失い、やむなく他の組に身を預けていた、かつての身内も、組を捨てて、続々と和磨の元に集結した。
如月組であったという理由だけで、散々冷や飯を食わされた。
だから、もう彼らには未練などなかった。
正義は、和磨にあった。
若い者達は、それを知っていた。
和磨が鍛え上げた若者たちだった。
和磨の男気に惚れて、一緒に戦った命知らずの猛者たちだった。
和磨は、不思議と潤沢な資金を抱えていた。
如月組は、たちどころにかつての勢いを取り戻した。
慌てたのは、三隅だ。
幾度となく如月組に攻勢をかけたが、ことごとく返り討ちにあった。
如月組の若者たちは命など惜しんでいなかった。
もはや、彼らには如月組だけがすがるべき、よすがなのだ。
ここを失えば、彼らには帰るところがない。
命を惜しまない彼らに、かなうはずなどなかった。
三隅は、なんとか状況を打開しようとしたが、どうにもならなかった。
血で血を洗う抗争になりかけたところで、ようやく手打ちが入った。
同じ組同士で争うなど、愚にもならない。
円組が疲弊していくのを虎視眈々と狙う本間会が、同じ地にいるのだ。
如月組の戦闘力は侮れない。
ならば、いっそのこと取り込んだ方がいい。
速見は、得意のソロバンを弾いて、その答えを導き出した。
手打ちに望んで、和磨が出した条件はふたつあった。
ひとつは、元の縄張りを返すこと。
もうひとつは、織笠の杯をそのままにすること。
速見にしてみれば、そのどちらもたいしたことではなかった。
三隅に代替わりしてから、円組の支配力は激減した。
三隅は、無能な男だ。
組をまとめていくだけの求心力もない。
しかし、本間会がこの地で隆盛を極めていくのは防ぎたかった。
防波堤代わりになりゃ、いい……。
如月は、かつての円組を復活させる腹づもりだろう。
その為には、必至に円組の縄張りを守ろうとするはずだ。
ならば、こっちはそれを利用すりゃあいい……。
もはや速見体制は、盤石のものとなり揺るぎようがない。
和磨ひとりが孤軍奮闘したところで、阿宗会にヒビが入るとは思わなかった。
速見は、その条件を呑んだ。
しかし、速見も条件を出した。
円組に対し、上納金を課したのだ。
組織に属する以上、上納金は、当たり前の話しだ。
まったくのフリーでは、組織に示しがつかない。
それすらも拒むようならば、阿宗会の全力を持って叩き潰すつもりだった。
和磨は、その条件を呑んだ。
法外な金額であったが、あっさりとそれを受け入れた。
こうして、三隅との間に、手打ちの儀が執り行われた。
三隅は、あの時、和磨を殺さなかったことを後悔していた。
苦渋の選択だったが、速見には逆らえなかった。
「へっ!やっぱり、あん時テメエを、ぶっ殺しておけば良かったぜ。
もう、今さら後の祭りだがな。
だが、上納金だけは、しっかり治めてもらうぞ。
シノギの45%だ。
これだけは、きっちり払ってもらう。
誤魔化そうとなんかすんなよ。
テメエんところの台所は、しっかり押さえてんだ。
もし、誤魔化したり、足りなかったりしたら即戦争だ。
それだけは、忘れんな!」
シノギの45%と言えば、組を運営して行くにはギリギリのラインだ。
まったく実入りがないに等しい。
速見は、しっかりと如月組がこれ以上肥大しないように、予防線を張ったわけだ。
「いらねえ心配すんな。
金は、きっちり払ってやる。」
和磨は、不敵な笑みを浮かべていた。
まったくと言っていいほど、三隅を恐れていなかった。
あざ笑うかのような視線を、三隅に向けていた。
「へへっ……美羽は、相変わらずいい声で泣きやがるぜ。」
それは、三隅にできた精一杯の虚勢だったのかもしれない。
「そうかい。去年、娘も生まれたらしいじゃねえか。」
「な、なんで、それを……。」
フン、バカ野郎、テメエのことなんざ、こっちはすべてお見通しだよ。
「テメエも盛んなことだな。
正妻に3人も産ませて、さらにイロの美羽にまでガキを作ったのかい。
まあ、せいぜいどっちも母子共々、可愛がってやんな。」
もう、美羽になど、未練はなかった。
今、美羽は27才。
あと、10年もした頃は、しっかりと脂も乗ってることだろうぜ。
娘の方もな。
だが、その前に……。
「いいか、金の件だけは、忘れんじゃねえぞ!」
手打ちの儀が終わっての別れ際、三隅は、しつこいほどに和磨に言い放っていた。
それで勝ったつもりなんだろうが、そこが、テメエの浅はかさだよ。
金は、払ってやるさ。
もっとも、稼ぐのは俺じゃねえがな。
それから一週間後、三隅の正妻と末娘が、消えた……。