見えない正体-13
星は、なかった。
どんよりとした雲だけが、見渡す限り空一面に広がっていた。
闇夜に向かって、往々しくそびえ立つ四角いビルは、まるで英次を弔う、大きな墓石のようにも見えた。
そんな風に思えたのは、もう、英次がこの世にいなかったからかもしれない。
さびしい場所だった。
郊外にあるニュータウン。
まだ、インフラも完全に終わってない、この新しい高層住宅街のマンションに、英次は独りで住んでいた。
「伴侶をめとって、男は、初めて一人前だ。」
責任を持て、ってことだったんだろう。
織笠のオヤジは、いつまでも独りモンの英次に向かって、事ある毎に、そんなことばかり言ってたっけ。
「美羽さえ、幸せになればいいのさ……。」
アイツの答えは、いつもそれだった。
「和磨……美羽を頼んだぞ……。」
そう言った英次の顔は、決まっていつも寂しそうだった。
和磨が、美羽を女房にしたのは、美羽が17のとき。
以来、子宝にも恵まれて、仲睦まじく暮らしている。
英次……美羽のことは心配すんな……。
和磨は、ひとり佇んで、かつて義兄弟が暮らしていたマンションを見上げていた。
もう、ここに住んでいた男は、この世にいない……。
若い衆は反対した。
だが、和磨は、ひとりでやってきた。
なぜか命の危険を感じなかった。
むしろ、それ以外の何か得体の知れない嫌な予感に、胸がざわついてならなかった。
時間は、もうすぐ8時になるところ。
恐れはなかった。
和磨は、咥えていたタバコを指で弾いて投げ捨てると、待ち構えているかのように、ポッカリと口を開けたマンションの入り口に向かって、歩き始めた。