記憶-7
コレクションルームのドアを開けると、コトリは、部屋の真ん中に、ぽつりと座り込んでいた。
こちらを向いているが、顔は、何かに釘付けになっている。
虚ろな表情。
目がとろりとなっていて、痴呆のように口を半ば開いていた。
ときどき眼球が、右へ左へとせわしなく動いている。
なに見てんだ?
コトリの視線の先を追いかけた。
ドアのすぐ横、オレの立っている隣に、46インチのでかい液晶モニターが壁に据え付けられている。
コトリの目は、そこに向いていた。
なにげに映し出されている映像を、横から覗き込んだ。
げっ!やばっ!
「レン!!」
ばっか野郎……。もっと、ちゃんと隠しとけよ。
「あっ!!」
呼ばれて、やってきたレンも驚きの声を上げる。
画面の中で、四つの裸体がもつれ合っていた。
ふたりは男、もう、ふたりは女。
しかし、片方の女には立派な乳房があるが、もう片方には性毛さえも生えてない。
「コピーが成功したか確かめるために、デッキに入れっぱなしにしてたんだ……。」
「いいから、早く取り出せ……。」
レンが、すぐさまモニターの電源を切って、慌ただしくデッキからディスクを取り出す。
「コトリ、大丈夫か?」
画面が真っ暗になっても、コトリの表情は変わらなかった。
まるで魂が抜けたようになっている。
「コトリ!!」
「へっ?」
肩を揺さぶりながら、耳元で叫んだら、コトリは、ようやく我に戻った。
「大丈夫か?……。」
「えっ?なにが?」
なにが……って。
「ずいぶんと熱心に見てたな。この、エロ娘」
「え?ああ……へへっ……。」
良かった。いつものコトリだ。別に変わりはないようだ。
コトリには、何度かスケベなビデオを見せたことがある。
だから、ある程度免疫はあるが、ここまでえぐいのを見せたことは、さすがにない。
ちょっと驚いたのかもしれない。
「ひとりで、こっそり、こんなもの見てんじゃないよ。」
「違うよ。テレビつけたら、勝手にやってたんだもん。」
「レン……。」
「ごめん、画面だけ消して、デッキの方は止め忘れてたんだ。それで、リピート再生されちゃったんだと思う。」
まったく、気をつけろよ、お前……。
「ほら……コトリ、帰るぞ。」
「うん。」
コトリが、ゆっくりと立ち上がる。
「どうだった人形は?本物みたいで、すごかったろう?」
「うん、びっくりしちゃった。でもね、あの子、なんかタカと同じ匂いがするよ。」
コトリが指差した先には、レンのお気に入りの、幼いリアルドール。
「同じ匂い?どんな?」
「チンチンの生臭い匂い。」
………………………。
夕べは、あの子がお相手だったわけね……。
ちゃんと始末しておけよ。
呆れてレンに振り返ったら、レンも奇妙な目をオレに向けていた。
ん?
あっ!
「ほら!コトリ!帰るぞ!!」
逃げるように、慌ただしく退散。
「タカ、忘れもの。」
玄関を出ようとしたところで、レンが例のディスクとファイルを手渡してくれる。
「サンキュ……。」
「ねぇ……すぐに調べるから、また、遊びに来てね。」
「ああ……。」
心配すんなって。何度でも遊びに来てやるよ。
「ああ、それとさ……。」
「ん?」
「ビデオに撮りたくなったら、ウチのマンション使っていいからね。ボクがカメラマンしてあげるから……。」
あ、ああ……。
そんときゃ、よろしく頼むわ……。
その前に、お前の眉間に正拳突き決めて、息の根止めてると思うけど……。
レンは、エレベーターのドアが閉まるまで、見送ってくれた。
とても嬉しそうな顔をしながら……。
アイツ、同類が増えたと思ってんだろうな。
エレベーターが下降し始めた。
「ねえ、タカ……。」
「ん?」
なんだよ、爆弾娘。
コトリは、レンの部屋を出てから、なぜか、ずっとすがるように、オレのシャツを掴んでいる。
ん?なんだお前、なんで青い顔してんだ?
シッコか?
エレベーターが、ゆっくりと下降していく。
「あのね……。」
「なに?」
なんだ、その泣きそうな顔は?
シッコが、我慢できないのか?
エレベーターは、もうすぐ地上へと着く。
「コトリね……。」
軽い揺れ戻しがあって、1階に到着した。
チン!
到着を知らせるベルの音。
エレベーターのドアが、静かに開いていく。
青ざめていた顔。
脅えていた瞳。
震える唇が、おののくように開かれた。
「コトリ……あの女の子、知ってる……。」
エントランスの向こうで、時期外れの夕立が、激しく地面を叩いていた……。
……………………。
な、な、なにぃっ!!!!!!!