過去のない女-5
――シホの部屋――
コトリが、学校へ行くのは、7時55分くらい。
8時までは、学校の門が開かない。
歩いて5分ほど。
めちゃくちゃ便利な通学距離。
でも、お願いだから、早く学校へ行って……。
めちゃくちゃシッコがしたかった。
朝一トイレが、オレの習慣。
すっかり、それに慣れてる身体。
頼むから、早く行って……お願いだから……。
コトリがいなくなるまで、まだ、20分以上時間がある。
パンツ一丁の姿。
さすがにジーパンは、衣擦れの音が気になって穿けなかった。
なんでもいいから、気を紛らわせたい……。
股間を押さえながら、ざっと辺りを見回す。
すげぇCDの数。
ベッド横の棚に50枚ほど。
あ、ビヨンセがある。
気晴らしに音楽でも聴くか……。
あら、無印レーベルCDだ。
コピー品か?
CDとヘッドホンをセットして、ポチッ。
ん?何も聞こえてこない。
失敗品かよ……。
ちっ!
わずかな隙間から見えていたのは、クローゼットの中に押し込められた小さなタンス。
へへっ。
へへへへっ……。
シホのパンツ見っちゃお♪
気づかれないように、そぅーっと、そぅーっとクローゼットを開けた。
タンスは4段造り。
まず一段目。
ビンゴ!!
のっけからお宝発見!
目に痛いくらい華やかな下着が、綺麗に丸められて、ぎっしりと詰まってる。
あるある♪
すげぇ派手なやつばっかり。
黒のスケスケがある。
赤のスケスケもある。
うん?真ん中に穴開いてんのも、あるんですけど……。
白いヤツでさえ、みんな可愛いフリフリ付き。
あどけない顔に似合わぬ、ど派手なインナー類。
今度、どれ穿かせよっかなぁ、なんて、考えてた。
続いて2段目。
こっちは、キャミとか、ブラとか。
これは、いいや。あんまり興味なし。
引き続いて3段目。
ん?アルバム?
縦長の細いアルバムが10冊くらい重ねてあった。
あとは、わけのわからない小物ばかり。
見っちゃお♪
うわっ!可愛い〜。
コトリの写真だ。
つい最近、撮った写真もある。
これは、この前の奉納試合の写真だ。
コトリを抱いたオレが写っている。
へぇ〜。
アルバムは、上ほど新しいものらしかった。
下に行けば行くほど、コトリが小さくなっていく。
シホが、メッチャ若い!
5才くらいのコトリを抱いたシホは、中学生くらいにしか見えない。
あいつの若さは、昔から妖怪並みだな……。
ところでこれは、どこだろう?
幼稚園?保育園?
コトリが小さくなっていくほど、どこかの学級あたりで撮った写真が増えていく。
コトリの周りには、友達がいっぱいいる。
でも、なんか変だった。
大きな子供も、何人か写ってる。
それに、ある時期からシホの姿がまったくない。
コトリの赤ちゃんの頃の写真も、見あたらなかった。
他にもアルバムがあるのか?
引き出しの中を探ってみたが、他には、薄汚れたノートが2冊あるだけだった。
なんのノートだろ?……。
開くと、わけのわからない数字と記号が、びっしりと書いてある。
なんだ?家計簿か?
パラパラ捲っているうちに、写真が一枚落ちてきた。
コトリ?……。
2,3才頃のコトリが写っている。
一緒に写ってるのは、誰だろう?
見知らぬ男の胸にコトリは、甘えるように抱かれている。
これが、父親なのだろうか?
若そうだが精悍な顔をした男だった。
精悍というよりも、強面といった方がいいのかもしれない。
ひどく目つきの鋭い男だった。
同じような強面の男たちが、その男を真ん中にして、何人か一緒に写っている。
皆、黒のスーツ姿。中には、派手なシャツ。
写真の中に、シホの姿はない。
シホがシャッターを切ったのかもしれない。
何かの旅行に行ったときの写真のようだ。
背景に、時代劇の屋敷にあるような大きな門が写っている。
たくさんの人が、その門の中を出入りしている。
どこかの観光地か?……。
コトリは、雪のたくさんあるところに、昔、住んでいたと言っていた。
写真の中に雪は、なかった。
しかし、この場所から、そこがわかるかもしれない。
しっかりと、門の形を目に焼き付けた。