外出届-1
「会いに来てね。絶対だよ」
退院の日、絵美は真剣な眼差しで訴えた。
絵美の心の中には、まだわだかまりがある。慶一郎にとって、自分は入院している間だけの恋人。からかってみただけで、退院すれば今までの生活に戻り、私のことは無かったことに・・・
「なーに言ってんの、心配しなくて大丈夫だよ。一週間はリハビリで通うこと決まってるんだから。終わったら連絡するよ」
「うん」
頭ではわかっている。わかっているつもりだけれど、心ではどこかまだ浩也との別れを引きずっているのかもしれない。
けれど、それは浩也に未練があるということではなく、慶一郎を信じていないわけでもない。「別れ」に対するトラウマ。せっかく新しい恋が順調にスタートしたのに、また別離となると、もう立ち直れないかもしれない。そんな不安がどうしても拭えなかった。
「大丈夫」
そう言って絵美をそっと抱きしめ、チュっと軽くキスをした。
「先生、外出ってまだ無理ですか?」
その日の回診の際、絵美は思い切って主治医に聞いてみた。
「そうだね、術後の経過も順調だし、痛みがそれほど強くなければ問題ないでしょう。逆に入院生活が長くなると、入院に対するストレスケアも考えなければならないから、たまには外の空気を吸ったてきたらどう!?回復に良い影響をもたらすこともあるからね」
案外あっさりとOKが出た。ようやく松葉杖を卒業し、T字型の杖で歩けるようになってはいたが、外での転倒などを心配し、そう簡単には許可が出ないと思っていただけに、逆に拍子抜けした感じだ。
「ただ、まだまだ一般の生活だと不便に感じることも多いだろうから、外出の時は院内を移動する時以上に気を付けないと、折角ここまで順調に来ているのが無駄になる場合もあるからね。その辺は十分に気をつけてもらわないと」
逆になんだが外出を勧めているような物言いだ。
退院間近の50代のおばちゃんによると、いきなり家などでの一般生活に戻ると入院前の生活がすぐできると思って、意識していなくても無理な動きをしてしまうらしい。そうならないよう、「まだ入院している」という意識を持っている間に、外出や外泊をさせて「慣らし」をした方が早く社会復帰出来るのだというようなことを言っていた。
「外出希望があれば、リハビリの計画に影響が出ないように、リハビリの先生とも相談して日時を決めてください。外出許可願の書類があるのでそれを提出してくださいね。看護師に聞けば説明してくれますから」
主治医からも勧められるような形で外出許可願を提出することにした。
もちろん、真意は慶一郎と一緒にいることであるが・・・
主治医の言い方からすれば、あっさりと許可が出されることが予想される。あとは、いつにするかを決めればよい。取り急ぎ、今日のリハビリの時に、担当の理学療法士とリハビリ計画について相談してみよう。そして、慶一郎に投げ掛けてみよう。慶一郎も、退院早々仕事に復帰しなければならないようなことも言っていた。とりあえず来週は通院してのリハビリもあるから来週末辺りが狙い目だろうか。
どちらにしろ慶一郎と二人きりになれるチャンスが近づいてきたことは間違いない。そう思うと、今まで以上に身体が火照り下半身の疼きが増してきた。絵美の二面性の一端「ドスケベ」が止まらなくなり始めていた。
僕は退院の日、まずは家に帰ったが、荷物を置いただけですぐさま会社に向かった。
仕事が大好きで、今すぐにでも仕事がしたいということではなく、なるべく絵美と会う時間を増やしたいがために、今のうちから仕事の段取りをつけ、編集長から余計な催促を受けないよう、早めにスケジュールの調整を図りたかったからだ。
僕の勤める情報誌編集局は、5F建てのオフィスビルの3Fにある。普段は健康のために階段を使うようにしているが、杖なしで歩ける状態に戻ったとはいえ、まだまだ不安定な歩行が強いられる状況ではエレベーターを使うしかない。
エレベーターが降りてきた。ドアが開くと中から瀬田が出てきた。
「うわっ、沢さん。どうしたんすか!?退院したんですか?」
驚いた顔で聞いてきた。
「退院しちゃ悪いみたいな言い方だな」
「違いますよ。ビックリしてんすよ。だって、さっき編集長が、沢さんそろそろ退院してくるだろうから年末特集に本腰入れるか、って呟いていたんすよ。で、今降りてきたらマジで沢さんいるんだもん。ビックリっすよ。あの人、霊感でもあるんですかね」
「これからエステの広告撮影なんすよ」そう言って、瀬田は慌ただしく現場に向かっていった。
(やっぱりなあ、編集長は手ぐすね引いて待ってるな。ならば下手に仕事組まされる前にこっちから段取りつけちまおう)
予想通りだった。鼻の利く編集長は、そろそろ慶一郎が復帰してくると読んでいた。遅くとも再来週には復帰することになる。だから、せめて来週ぐらいはウォーミングアップ程度にしておきたい。そして絵美との時間も確保しておきたい。
「一応、家で出来る範囲はやろうと思ってますんで、それでいいですよね?」
「リハビリに通わなくちゃならないんだったら、そりゃ仕方ないわな。OK、再来週から復帰ってことでいいだろ。けど、年末特集は頼んだからな」
「わかってますよ」
編集長から正式復帰の日取りの了承は得られた。来週は今まで通り、ゆっくりと絵美と一緒にいられる時間を作れる。明日、病院に行ったら報告しよう。ちょっとウキウキした。
「本当!?良かったぁ。もしかしたらすぐお仕事かもって言ってたから、会える時間が少なくなっちゃうんじゃないかって心配してたんだ」
絵美に復帰の事を報告すると、ホッとした顔を見せた。高々1週間ぽっちのことなのだが、付合い始めた二人には大きない1週間なのだ。
「私からもうれしい報告あるんだ。外出OKになったよ」
つまり、どこかに連れて行ってということだ。