回天-8
「ふーん……」
タケルは、ミナの話を聞いて思案するように空に目を向けた。
今の話しが本当だとすれば、母はタケルの悪さに気付いてなかったことになる。
タケルからミナを守っていたのではなく、ミナになんらかの危険が迫っていて、それから守ろうとしていたことになる。
執拗にタケルからミナを遠ざけていたのは、その危険がタケルに影響することを嫌ったからだ。
そういった図式が成り立つ。
では、その危険とは、いったいなんなのだ?
「母さんには、その変なひとに、何か心当たりがあったってことか?」
ミナの話しを聞く限りでは、「変なひと」情報を聞いた途端に母は血相を変えて狼狽えたという。
ならば、母は、その人物に心当たりがあったのではないか。
たんなる不審者であるなら、顔色を変えるほど狼狽えることはないであろうし、警察に相談すればそれで済む。
何よりタケルに相談していないことが引っ掛かる。
母は、どんな些細なことでもタケルに教えていた。
タケルの悪さに気付いていなかったのなら、すぐにでもタケルに相談していたはずだ。
その相談が今回はなかった。
しなかったのではなくて、できなかったからかもしれない。
つまり、母にはタケルにも教えられないような相手がいた。
そう考えれば、合点はいく。
持てよ……。
「夕方、誰か来てたよな?あれって、誰だったんだ?」
タケルの視線はミナに向けられている。
ミナは、首を横に振った。
「チャイムが鳴って、ママが玄関にいったのは知ってるけど、扉が閉まったら、なにも聞こえなくなっちゃったの……」
そこからは、わからないという。
いつまでも帰らない母を不安な気持ちで持っていたところに、タケルが下りてきて捕まったわけだ。
ミナが、真剣に考え込むタケルを不安そうに見上げていた。
「いったい、誰だったんだ……」
単純に考えれば、母は、夕方我が家を訪れた人物と一緒にいると考えたほうが妥当だ。
それが「変なひと」なのだろうか。
だが、ありえない。
変なひとは、ミナが咄嗟に思いついた架空の人物だ。
返事に困って、思わず口を突いて出ただけの嘘の人物が存在するわけがない。
「ったく、いったい誰なんだ?」
さすがにこの時聞に帰宅しないのは心配になる。
やってしまおうと腹に決めはしても、決して傷つけたいわけではないのだ。
「変なひとねえ……」
タケルは、ミナの胸の上に突っ伏すように身体を倒した。
薄い胸の肌触りを頬に感じながら静かに目を閉じる。
顔の見えない男の姿を想像した。
「しかし、お前も、よく変なひとを見たとか、とっさに嘘がいえたね」
そのときのミナの慌てた顔を想像したらおかしくなって笑った。
「……そ、じゃないよ」
「ほんと、いい子だったのに、どんどん悪い子になって……え?」
「嘘じゃないよ……」
ミナが不安げな瞳をタケルに向けていた。
「は?瞳じゃないって?」
「ミナ、嘘なんかついてないもん。ほんとに、あの日、ミナはヘンなひとをうちで見たんだもん」
「はあっ!?」
「あの日、ほんとにうちを覗いている知らないお兄ちゃんがいたの」
ミナは、それまでにない真剣な眼差しでタケルをみつめていた。
それって……マジかよ……。