赤い薔薇の秘密-1
穏やかな休日の朝、修平は新聞に目を通しながらトーストにかじりついた。
「夏輝、」
「何? 修平」キッチンに立ったまま、夏輝は応えた。
「おまえさ、俺の首筋にキスマークつけんの、やめてくんねえかな」
「何で? 愛情表現じゃん。嬉しくないの?」
「いや、嬉しいけどよ、さすがに恥ずかしいだろ。こんなところにキスマークなんてよ」修平は右耳の下の赤い跡に指を這わせた。
「あたし、あんたのその部分って、大好きなんだよ。エッチの時は絶対に吸い付きたくなる」
「なんだよ、それ」修平は呆れたように笑った。
彼がコーヒーのカップを手に取った時、傍らのスマートフォンの着メロが鳴った。修平はそれを手に取り、ディスプレイを見た。「ん?」
「誰から?」サラダをキッチンから運んできた夏輝が訊いた。
「春菜からだ」
「春菜? 珍しいね」夏輝はテーブルの真ん中に置いてある花びんを少しだけ回した。
挿してある薔薇の真っ赤なビロードのような花びらが一枚、テーブルにひらりと落ちた。
修平はスマートフォンを耳に当てた。「おう、どうしたんだ? 春菜」
『あ、天道くん?』電話の向こうの声は少しだけ震えていた。
「何だ? 春菜、どうかしたのか?」
『……』
「おい、何かあったのか?」修平は春菜の沈黙にいつもとは違う雰囲気を感じ取って、少し焦りながら言った。
『天道くん……、話があるの』
「話?」
『今日、会えないかな』
「い、いいけど……」修平はちらりと夏輝を見た。
夏輝はサラダにドレッシングをかけていた。
『もし、時間があれば、の話だけど……』
「いいぜ、俺も今日は何にも予定ないし」
『ありがとう』
「じゃあ、俺んちに来いよ。夏輝と二人で話を聞いてやっから」
『あの……』
春菜は言い淀んだ。
「どうした?」
『て、天道くんと二人だけで話がしたいんだけど……』
「え? なんでだ?」
『天道君はケンの親友だし、夏輝には余計な心配かけたくないし……』
「ケンタのことか?」
春菜は囁くような声で言った。『うん……』
修平はその息を潜めたような声に、何かただならぬ秘密めいたものを感じて、ごくりと唾を飲み込んだ。
「で、どんな話なんだ?」
『……今は……言えない。会ってから』
「言えない?」
『だめ?』
「い、いや、別に構わねえけど……」修平はちらちらと夏輝の様子をうかがった。夏輝は手を止めて修平をじっと見ている。「わ、わかった。じゃあ、10時に『センセーション』で」
『うん。ごめんね、せっかくの休みなのに』
「いいさ」
修平は通話を切った。夏輝が口を開く前に修平は言った。「春菜がよ、ケンタのことで話があるって」
「ふうん」夏輝はいつもどおりの笑顔で言った。「どんな話?」
「さあな。会ってから話すんだと」
「そ。でも、春菜が修平に相談するなんて、珍しいよね」
「だよな」
「あんた学校でもいろいろ生徒の相談にのってやってるんでしょ? だからじゃない?」
「そうかもな」
「それにあんたケンちゃんの昔からの親友だしね」
修平は軽く首をすくめ、皿のトーストを再び手に取り、かじりついた。
夏輝はテーブルに落ちた薔薇の花びらを指でつまみ上げ、自分のトーストの乗った白い皿に置いた。