貝殻の壁-3
「それくらいだったかも」
「間違いない?」僕は念を押す。二匹の犬の頭を交互に撫でながら。
「日記に書いてあったかも…でも、どうして?」
「前に話しただろ? 愛犬が死んだって。そっくりなんだ。この二匹。ウチの犬も、七月八日に脱走したから。二○○二年の、七月八日」
「待って、調べてみる」少女が奥の部屋へ引っ込む。僕は二匹の犬に触れている。彼とその姿を重ねて。ふいにヤカンが沸騰を告げる。高い音で。だが、僕は動かない。やがて、嬉しそうに少女がやって来て、間違いないわよと僕に告げる。
まさか、こんな事があるなんて。余りにも愉快で、僕は二匹の犬を抱えたまま笑い転げた。少女が火を止めると、部屋の中には僕の笑い声だけが響いた。
どうか、少女が早く元の生活へ戻りますように。少女の両親に対する僕の祈りは、どうやら神様が早めに叶えてくれたみたいで、僕が再び学校を通うようになった四日後、少女からあの小屋で会いましょう、とメールが届いた。もう大丈夫だから、と。
そして今、再び僕は海岸を歩いている。少女との約束の場所を目指している。あの時の彼を真似て、遠くを眺める。海と、空のその境界線を見極めようとする。だけれど、僕の目にはその二つは繋がって見える。その二つには、確かな繋がりを感じる。かつて広大な海で産まれた命は、やがて天へ帰り、僕らを見守っていると云う。
そんな夢物語を、僕は信じたい。