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貝殻の壁
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貝殻の壁-1

彼の目が白くなった。白内障だ、と医師からは言われた。年齢からして、白内障くらいは当たり前に起こるらしい。
僕は彼と二人で海岸を散歩している。かつては二人でよく走り回ったものだが、今では肩を並べてゆっくりと歩くだけだ。海からの強い風が、僕の髪をなびかせた。足を止め、僕は彼に喋りかける。
「寒くない?」
彼は何も応えず、ただ遠くを見ている。海と空の、その境目を確認しているように見える。僕は彼の隣りに腰を下ろし、気付かれぬよう小さく溜息をついた。

「もう、いつ死んでもおかしくない」そう医師に言われた。気の毒そうに、という訳ではなく、それはもう仕方のない事だから諦めなさい、というような言い方だった。
僕は三日かけてその事実を受け入れ、そして、まだ一緒にいられるその内に、少しでも一緒の時間を作ろうと思った。

両親は、僕の不登校については認めてくれたようだった。何度かの家族会議を経て、僕は保護者公認の不登校者になった。留年の覚悟は出来ている。皆の言う、「十代の貴重な一年」を棒に振る事など、僕にとってはどうでも良い事だ。

「死ぬのって、怖い?」ある時僕は、呟くような小さな声で彼に尋ねた。
彼はやはり何も言わず、僕の顔を見ると、目を細めた。微笑んだようにも見えた。

二週間が過ぎた。僕は一人、海岸を散歩している。かつては、彼と二人で散歩した道。今はひとりぼっち。
三日で受け入れる事が出来た彼が死ぬという予言は、しかし、実際に彼が死んでしまったという事実を何故か僕はなかなか受け入れる事が出来なかった。
記憶の中の道筋を辿る。風は相変わらず強い。僕はまだすぐ近くに彼の存在をはっきりと感じている。彼の言葉を僕は未だ待っている。彼は別れも言わずに遠い場所へ消えてしまった。

砂浜に腰を下ろし、ぼんやりしていると、背後に気配を感じた。振り返ると、少女がいた。中学生くらいだろうか。砂浜を歩き回っては突然座り込み、それを繰り返している。何をしているんだろう、と僕は思ったが、それを訊く事はなかった。少女と目が合ったが、少女も特に何を言うでもなく、僕らはどちらともなく視線をはずした。

翌日は雨だった。親も、そろそろ学校へ行ったらどうなんだ、とうるさくなってきたし、なんだか僕は居場所を無くしたみたいで、その日も海岸を歩いていた。
巨大な雲は、いつやむとも知れぬ雨を零し続け、辺りはまだ午後三時だというのに薄暗い。

ふと視線を海の方角へ向けると、そこにはあの少女がいた。傘もささず、びしょ濡れのまま、あの時と同じように砂浜を歩いては、屈み、を繰り返している。僕は遠くからそれを眺めていた。何かを探しているのだろうか? それにしても、この雨……。僕は空を眺め、溜息をついた。そして、少女の方へ向かって歩く。

「風邪ひくよ」
少女は僕の言葉に顔を上げると、ああ、と短く呟いた。ああ、あの時の男か、という感じに。
「何をしてるの?」僕はかねてからの疑問をようやく口にした。
「知りたい?」
「嫌で無ければ」
「嫌」と少女は言うと、小さく笑った。「嘘よ。知りたいなら、ついておいで」
言うなり、少女は駆け出す。雨に濡れた砂浜を駆けていく。僕は傘をさしたまま追っていたが、途中で面倒になり、傘を畳んだ。


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