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貝殻の壁
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貝殻の壁-2

少女は海岸の小さな小屋の中へ入って行った。漁具が置いてありそうな外観。実際に、小屋の横には朽ち果てたボートがひっくり返っていた。
おじゃまします、と言いながら小屋の中へ入ると、僕は感嘆の息を漏らした。
幾十、幾百もの貝殻が壁中に貼り付けられていたのだ。その様はまるで小さな宇宙のようだった。その中心に、少女が立っている。
「どう? びっくりした?」
「驚いたな」僕は素直に言う。貝殻の一つに触れてみる。
「頭がおかしい訳じゃないのよ」少女は弁解するように言った。「まあ、普通の高校生はこんな事しないだろうけどね」
「そうだろうね」と言いながら、少女は中学生ではなかったのか、と僕は思っている。
「家族がいっぺんに死んじゃったのよね」
「それは、海で?」
「そう。海で。これ以上無いってくらいに快晴の、海水浴日和の昼下りに。おまけに、日曜日。笑っちゃうでしょ?」少女は努めて明るく言った。
「気の毒に」
「気の毒な一家の生き残りはね、大変なのよ。なんだか上手く受け入れられないのよ。そりゃ、家に帰れば誰もいないし、あれなんだけど、心のどっかでは、ただ皆で外出してるだけなんじゃないかとか、そう思っちゃうの。死んじゃったなんて信じられない」
「分かる気がする」僕は彼の事を思い浮かべる。
「だからね、貝殻を拾って、こう、ぺたぺた壁に貼り付けてるの。なんでそうしなきゃいけないのか、分からないけど。そうしたら、皆いなくなったこと、納得出来る気がして」「物事は理屈だけじゃないから」僕が言うと、少女は嬉しそうに、そういう事よ、と言った。
お互いに、それぞれの抱えた問題を語り合った僕らは、いくつかの約束をした。なるべく早く全てを受け入れること、そして、日常に戻る事、もしもそれが出来たなら、お互いにそれを知らせる事。
次の日、僕は庭にあった犬小屋を取り壊し、彼の首輪を、愛用している皮のベルトに縫い付けた。散歩の時に使っていた鎖は短く切って、リストバンドにする事にした。
そして、それらを身に着け、僕はそれでも毎日海岸へ行った。時折少女の姿を見つけたが、声はかけなかった。僕らは自分にしか解決出来ない問題を抱えていて、その事はお互いよく知っていた。

一週間後の月曜日、晴れ渡る空の下、僕は少女と再び言葉を交わした。
「明日から学校へ行こうと思う」と僕は言った。
「そう。良かったね」少女は複雑そうに言う。
「君は? まだ?」
「まだみたい」少女は微笑む。「ごめんね」「いや、無理しないで。それから、君の家へ一度行きたいと思うんだけど、いいかな?」「どうして?」少女は首を傾げる。
「君にはとても感謝してる。僕が変われたのは君と、君の家族のおかげなんだ。だから、一度君の家へ行って、仏壇の前で感謝を言いたいんだ」
「なるほどね。いいわよ。行きましょう」少女が僕の手を引く。僕は照れながら少女と手を繋ぎ、少女の家へ向かった。

少女の家は市営住宅の四階にあって、階段の窓からは海が見えた。
少女の後に続き、部屋へ入る。僕らの他に気配を感じ、玄関に立ったまま様子を窺っていると、どうやらそれは犬のせいだった。ブラウンの毛の中犬だ。「本当は飼っちゃダメなんだけど」少女は苦笑する。
「まあ、そうだろうね」僕は居間に通され、ソファーに腰を下ろした。間取りはどうやら3LDK。一人暮らしには広過ぎる空間が、少女の孤独を助長しているようにも感じる。
少女がキッチンでお湯を沸かしている間、部屋をきょろきょろと盗み見ていると、犬が一匹ではない事に気がつく。最初に見たブラウン毛の犬の他に二匹。僕の視線は、その二匹に釘付けになる。いや、まさか。そんなはずがない。
……だが、どうみてもそれは、彼なのだ。僕の失った最愛の友。「ねえ、そこの犬は…」僕は立ち上がっていた。二匹は近付く僕に怯えもせず、ただそこで伏せている。
「あ、なんかね、前にウチの犬が脱走しちゃって、きっとその時に妊娠したのね」
「それは、七月八日?」忘れるはずもない、僕の誕生日に、確かに彼も脱走したのだ。何らかの原因で、鎖がはずれて。


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