2-6
亜衣子もまた、西条氏の涙に何か突き動かされたのだろう。
刹那、私の横に寄り添うようにしゃがんでいた亜衣子がスッと立ち上がったかと思うと、西条氏の方へ歩いていった。
私の方からは彼女の表情は見えなかったが、まっすぐ父親の元へ歩いていく後ろ姿に迷いは何も無いように思えた。
それはまるで、迷子だった子供がようやく親元へ帰っていく、そんな感じだった。
そんな彼女の細い背中を見た途端に、サッと身体から血の気が引いて、力が抜けていくような気がした。
駆け落ちは悪いことだ。
誰かの幸せを壊して成り立つ幸せなんてありえない。
それは、西条氏の涙によって気付かされたこと。
今なら、自分がしたことの罪深さがよくわかる。
だけど勝手ながら、亜衣子がいなくなることだけはどうにも耐え難かった。
自然とワナワナと震えてくる唇。
亜衣子、行かないでくれ。
そう言いたいのに、西条氏の涙を思い出せば、口が貝のように開かなくなる。
私はただ、父親の元に帰る亜衣子の後ろ姿を眺めるしかできずにいた。
「亜衣子……」
やっと娘と会えた西条氏は、震えた手で彼女の肩を掴もうとした。
さっき、私と対峙したときのあの鬼の形相は一転し、今にも目から大粒の涙が零れ落ちそうなほど瞳を潤ませつつも、驚くほど優しく微笑んでいた。
「お父さん……」
亜衣子の声も涙で震えていた。
「……何も言うな。お父さんもお母さんも、お前が帰ってきてくれるなら、もうそれだけで十分なんだ」
小さく首を振る西条氏は、亜衣子を咎めることなくただただ優しく彼女の肩を叩くだけ。
これが、西条氏の本来の姿なのかもしれない。
ただ、家族の幸せを脅かす者には、容赦なく鬼となる。
それが、家族を守る父親の姿だった。
ただの悪役となってしまった私は、そんな二人の姿をまともに見ることが出来ず、観念したように小さくため息をつき、キツく目を閉じた。