2-4
「お父さん、私達を見つけるなり、いきなりあなたに殴りかかったのよね」
彼女の顔に刻まれていたシワが、フニャリと歪んだ。
笑うたびに目尻に浮かぶシワは年々深くなっていくけれど、それすら愛おしい。
でも、亜衣子を愛おしく思うのは西条氏も同じはず。
だから、手塩にかけた娘をかっさらって行った私のことは、不倶戴天の敵であったのだ。
インターホンすらない、安普請のアパートのドアがドンドンと叩かれて、無防備に開けてしまったその先に、西条氏が仁王立ちをしていた、あの時の彼の表情は忘れることはないだろう。
ひたすら真顔で立っていた当時の彼の顔が勝手に脳裏に浮かんで、身体もまた勝手にブルッと震えた。
亜衣子の地元の総合病院の院長を務める西条氏は、それほどの地位についてるだけあって、威圧感は相当なもの。
身長は低いし、大きめな顔や猪首が亜衣子とは似ても似つかないけれど、私を睨みつける眼鏡の奥の真っ直ぐな瞳は、私の何もかもを見透かしているようで、逃げるように目を逸らすしか出来なかった。
しばし沈黙で睨み合う私達に、
「誠一さん?」
と亜衣子がヒョッコリ部屋の奥から顔を出した。
おそらく新聞の勧誘か何かだと思っていたのだろう。
間延びした彼女の声がやけに遠かった。
しかし次の瞬間、亜衣子の顔はサッと青ざめ、無表情だった西条氏の眉がピクリと動いた。
娘の姿や声が、なんとか平静を保とうとしていた彼の我慢の糸をプッツリ断ち切ったのかもしれない。
部屋の奥から顔を出した亜衣子を見るなり、西条氏はいきなり私の胸ぐらを掴み上げ、吹っ飛ぶほど顔面を殴り飛ばした。
「お父さん!!」
彼女の悲鳴が、深夜のアパートに響き渡る。
床に叩きつけられた私は、目の前が真っ白になってしまい、時折火花みたいな強い光がその中でチカチカ瞬いていた。