覚悟-1
3
「あら?もう食べないの?」
母の心配そうな声を聞いても、まともに目を合わせることはできなかった。
キッチンの中だった。
タケルから解放されてしばらくすると、階下から母の食事を告げる声が聞こえた。
ミナは、涙を拭って、すぐに1階へとおりた。
タケルは時間をずらして、あとからやってきた。
ミナとタケルと母親の3人で夕食のテーブルを囲んだ。
ミナのとなりにタケルの姿があり、斜め向かいに母親が座っている。
帰宅の遅い父とは週末以外一緒に食べることはほとんどなかった。
「なんだかこの頃食欲もないし、元気もないじゃない。何か心配事でもあるの?」
母が心配そうに覗き込んでいた。
食欲など、あるはずがなかった。
気付かれるのが怖くて、視線を避けるようにミナは顔をうつむかせていた。
「べ、別になにもないよ・・・。」
微妙に声が震えた。
うつむかせる顔を持ち上げようとしても、怖さばかりが先に立って母の顔を見ることはできなかった。
心配している母の顔を見てしまったら、きっと泣いてしまう。
「誰か好きな男の子でも、できたんじゃない?」
見かねたようにタケルが口をはさんできた。
「ミナも女の子だからね。好きな男の子でもできてスタイルを気にしてるんだろう。」
「あら!そうなの!?」
途端に母の声が嬉しそうに弾んだ。
「なになに?お兄ちゃん、ミナの好きな子知ってるの!?」
母親はタケルを「お兄ちゃん」と呼ぶ。
ミナがなんでもタケルに話すことを知っていた。
「いいや、知らないけどさ。でも、ミナももう立派な女の子なんだから、そんなことを気にするようになっても不思議じゃないでしょ。」
勝手な言いぐさだった。
ミナは、まだ立派な女の子になんかなってない。
「ねえねえ、どんな子?なんて名前なの?ママに教えてよ。」
楽しそうに身を乗り出していた。
「い、いないよ、そんなひと!」
思わぬ方向に話しが進んでミナは慌てて否定した。
「なにをムキになってるんだ。可愛いんだからミナを好きな男の子は絶対いるさ。でも、ご飯はちゃんと食べなきゃダメだぞ。男はぽっちゃりしているくらいの方が好きなんだ。それに、ちゃんとご飯食べないとおっぱいだって大っきくならないぞ。」
ポン、とタケルの手のひらがミナの頭に置かれた。
やさしげに髪を撫でてきた。
「う、うん・・・。」
タケルが口にすると、いやらしいことでも卑猥に聞こえないから不思議だ。
「そうよ。ちゃんと栄養摂らないと、ママみたいなナイスバディになれないわよ。」
冗談のつもりだろうけど笑えない。
笑うだけの元気がない。
「さて・・と。」
タケルが箸を置いた。
食事を終えて席を立つようだった。
「ミナ、何時がいいの?」
タケルの視線がミナに向けられていた。
「え?・・・。」
何をいっているのか、わからなかった。
「あら?どうしたの?お兄ちゃん。」
母の不思議そうな顔がタケルに向けられる。
「いや、ミナが今夜も一緒にお風呂に入りたいっていうからさ、何時に入るか確かめてるのさ。」
「ええっ!?またあ!?」
タケルの返事に母が途端にしかめっ面になった。
「ミナぁ、あなたもう子供じゃないんだから、ひとりで入りなさいって、いつもいってるでしょ?」
「え・・・あの・・その・・・。」
自分から誘ってなんかない。
「あなたねぇ、自分が女の子だってこと、いい加減自覚しなさいよ。そのうちお兄ちゃんにエッチなことされてもママ知らないからね。」
家族の会話にしては、どぎつい内容だった。
「ひどいな母さん。」
タケルは愉快そうに笑っているだけで本気になどしていない。
「まあ、タケルに限ってそんなことはないと思うけど、ミナも女の子なんだからいい加減自覚しなさいよね。」
少しきつめの口調になっていた。
「母さん、毎日ってわけじゃないんだからいいじゃない。それに僕だって可愛い妹と一緒にお風呂に入る機会なんて、これからは限られてくるんだから、そんなに悪い気もしないよ。」
「またあ、タケルはほんとにミナに甘いんだから。」
疑っている素振りなど微塵もなかった。
「ミナの裸を見られるなんて今しかないからね。」
屈託ない笑顔で答えていた。
タケルはなんでもあけすけに口にする。
だから、返ってそれが巧妙に嘘を隠す。
タケルは親に隠し事をしない。
きっと母はそう思い込んでいるに違いない。
「まさかお兄ちゃんになら、エッチなことされてもいいなんて思ってんじゃないでしょうね?」
一瞬、ミナの心臓がドクンと鳴った。
母は、からかうように笑っていた。
「そ、そんなこと・・・。」
母には想像もできないだろうけれど、実際にそれはこれから行われるのだ。
思い出したら、みるみる顔が赤くなった。
「やだ!なにこの子ったら顔真っ赤にして!ダメよお兄ちゃん誘惑したりしたら!」
どうあってもこのひとの中でタケルは正義であるらしい。
タケルを心底信じきっていた。
「じゃあ、ミナにエッチなことでもしようかな?」
タケルがうそぶいても母親はおかしそうに笑うだけだ。
「それじゃ、7時になったら入いろっか?」