泡姫 メグ-3
「ごめんなさい」
「え!?」
ジュリア嬢の思いもよらない一言にビックリした。
「ごめんなさい。タイプなの」
「はぁ!?ありがとうございます。さすが営業トークが上手いですね」
「違う、違う、本当にタイプなんです」
自分で言うのも何だが、そこまで男前ではないと自覚している。至って普通な男だと思っている僕にとって、完全に想定外な一言と言っていい。
「あーダメダメ、お客様相手にこんな対応じゃ店長に怒られちゃう」
「いえ、嘘でもタイプって言われれば、悪い気はしないっス」
誰だって良く言われれば悪い気はしない。刹那的な関係だと割り切って来店しても、このように褒めてくれると気分はイイし、金銭的対価も十分だろう。でも、客商売が相手にセールストーク以外で自分の感情を伝えること、ましてやサービス開始早々にそんなことをするなんて考えられない事だと思う。彼女の言った一言は、確かに気分はいいけれど、どこか営業臭さが漂い、少し引いてしまう部分もある。
そう思いながらも、ジュリア嬢の魔女的な囁きは止まらない。
次に口にした言葉は、輪をかけて男心をくすぐる一言だった。
「お客様相手に失礼なのはわかっているんですけど、私のことを本名で読んでもらっていいですか?」
(なんなんだ!?これこそは本音か、それとも一流の営業手腕なのか!?)
「え、ええ、ジュリアさんがそれでいいなら」
「やったぁー、あ、いけないまたこんな友達口調になっちゃった。お客様、大変申し訳ありませんでした」
「いえいえ、堅苦しく営業姿勢丸出しにされるよりも、フレンドリーな方がリラックスできていいんじゃないかな。どうぞあまり仕事気分でやらなくてもいいっスよ」
「本当ですか?じゃあ失礼して少しくだけさせてもらいますね」
今思えば、彼女の性格を端的に表すエピソードになるのだが、当時はその性格を知る由もなく、ただただ営業トークが上手い、プロフェッショナルなおしゃべりだなとしか思っていなかった。
「ジュリアじゃなくて、メグって呼んでください」
「わかりました。メグさん」
「メグさんじゃなくてメグちゃんの方がいいかも。で、恋人口調で話してもらえると嬉しいかな」
「わかったよ、メグ」
僕も調子に乗って来た。どうやら彼女のペースにはまったらしい。
打ち解けた僕らは、恋人同士のようにじゃれ合い、組んず解れず互いの身体を弄り合った。
彼女のテクニックはそれは素晴らしいものばかりだった。さすがにプロだと唸らせる口技は、今までに味わったことの無い気持ちの良さ。溢れ出る淫汁も本気と思わせるかの如くコンコンと止めどなく、最後には白濁化する始末。
メグの情熱的で献身的なSEXに、僕は二度三度と発射した。
濃密な150分はあっという間に過ぎ去っていった。
部屋を出た後も、メグは僕の腕にしがみつくように自分の腕を組み、一緒に待合室の前まで送ってくれた。
「すっごく楽しかった」
「営業トークでも嬉しいよ」
「そんなことないよ。ホ・ン・ト・ニ」
その言葉だけ、耳元で囁いてくれた。お店の人にはばれないようにということだ。そこまでいうならやっぱり本音だったのだろうか!?
当時、メグの性格を把握していなかった僕は、何度となく『嘘(営業)なのか』と『本当なのか』の間を行ったり来たり、樹海に迷い込んだかのようだった。
「また会えるかな」
「頑張るよ」
高級店だということをうすうす感じていた僕は、おそらくもう二度とこの店に来ることは無いだろうと思っていた。もう一回くるほどお金に余裕があるわけがないのは、僕自身が一番よくわかっているから。
(やっぱり営業トークだったんだな。本音だったらアドレスの交換申し出るだろ。さすが、高級店の泡姫は本当にノせるのが上手い。まさにプロだ。この短い時間でも恋人気分を満喫させてくれる雰囲気づくりはある意味見習わなくちゃな。本気じゃなかったのは残念だけど、客商売だし、あれも次の売上げにつなげるテクニックなんだろうな)
自然と苦笑いしている自分がおかしかった。
待合室に戻ると、既に社長が待っていた。
「すいません。お待たせしました」
「ああ、俺も今上がって来たところですよ。で、どうでしたジュリアちゃんは?面白い娘でしょう。ああ見えて、この店のナンバーワンなんだよ」
そう言われてあらためて納得した。あれだけの接客技術、特に自分のペースに引き込み、相手をその気にさせるあたりなんかは悪魔的な上手さだ。騙されるやつもいるだろう。一歩間違えれば刃傷沙汰になるようなこともあるかもしれない。それほどまでに彼女の全身から発せられる『本気にさせるオーラ』は見事である。
「ええ、大満足です」
「そりゃあ良かった。ナンバーワンっていってもクセがあるからなぁあの娘は。色気もあって、オッパイもデカい。アッチのテクニックも抜群だし、顔も悪くない。でも、あの調子だから合わない人もいるみたいなんだ。せっかく沢村君に紹介するんだから、気分悪かったらどうしようかと思っていたんだよ」
「全然ですよ。もう身体から心まで気持ち良くさせてもらいました」
「そうか、そうか。紹介した甲斐がありましたよ」
その後、再会を果たした僕とメグは、今日この日まで『セックスフレンド以上、恋人未満』という奇妙な関係性を保っている。
おそらくこれからもこの関係性は続くだろう。
今日、突然見舞いに来るということも、この奇妙な関係性の延長なのかもしれない。彼女にとっては奇妙でも何でもないし、ごく自然のことと思っているだろう。見舞いも然り。彼女の僕に対するナチュラルな感情が、見舞いに行くということになっているのだと思う。
まあ来たら来たなりに、何かと巻き起こすんだが・・・
それが少し心配だ。