偽りの欲情-2
「来週は時間できそう?」
「たぶん、何もないとは思うんだけど。」
「じゃあ、水曜日にまたジムで・・・」
「それより、日曜日に飯でも行こうよ。どう?」
「いいの?」
こうしてみると、確かに切ない会話っぽい。
あなたを思ってるというジェスチャーにすぎなかったのかも知れない。
あるいは時に、こんな気分を楽しんでいたのかも知れない。
ともかく、別れ際にはこんなやりとりを愉しんだ。
「まって!下まで見送る。」
「いいよ。」
「何で?人目につくとイヤ?」
「そうじゃないけど・・・寂しくなるんだ。子供の頃から見送られるのが苦手なんだ。」
克也がマンションを出てしばらくしてから、私はそっと階上からその姿を見送った。
彼は振り向いて私に気づき、それからそっと手を上げた。
「きゃっ!・・・」
その瞬間に向かいのマンションからバックで飛び出した赤い車が彼の姿を消し去ったのだった。
駆け付けた救急隊員に事情を説明すると車を運転していた女の人も同時に事情を説明しだした。
二人で同時に何を言ってるのかさっぱり分からない。
それもそのはず・・・
どんな状態で轢かれたのか、じっと見ていたわりにはまったく憶えてはいない。
ともかく赤い乗用車が出て来て、たちどころに克也の姿が消えたのだ。
女の人も同じく見てはいなかった。
少し段差のある駐車場に入れようと踏み込んだら、ギアがバックに入っていたのだという。
「奥さんですか?」
「は・・・はい!」
「ご本人のお名前は?」
「克也・・・中瀬克也です。」
「血液型は?」
「O型?・・・えっ、えっ?・・・AB型かな?」
救急隊員の質問にどうしてそう答えてしまったのだろうか?
ひとつは女の部屋から出てきた克也の立場を守ろうとした事。
もうひとつはこれで死んでしまうかも知れない。
家族でなければ大事なところに立ち会わせてもらえないかも知れないと思った。
それよりも動転していた事が一番の理由かも知れないけど・・・
幸い、ケガの方は大した事にはならなかった。
ヒジを骨折した事と頭を少し打ったみたいだった。
経過を見るために三日ほどの入院を要されたのだけど、本人もすぐに意識を取り戻して食欲もあった。
ただ、問題は記憶をすっかり失くしてしまったのだった。