カピバラと俺-9
「その……俺は、ヤキモチを妬いていたんだな、その彼氏に。多分」
ここまで言ってしまうと、今度はこちらまで顔がゆでダコのように熱くなってしまう。
あー、なんか、やけに喉が乾く。
ごまかすように天井を仰いで首の辺りをポリポリ掻きながら、
「うん、俺は茜が他の男と付き合うのが嫌だったんだ。それってさ……、きっと、俺が茜を好きってことなんだよな」
と、やっとの思いでそこまで言うと、再び腹の辺りにタックルを食らわせられるのだった。
「ゔぇ」
カエルが踏んづけられたような間抜けな声とともに、再び床に叩きつけられる頭。
気付けば茜が俺の腹の辺りにしがみついて、ワンワン泣いていたのである。
「うぇぇぇ、元気……、元気ぃ……」
うわ言のように俺の名前を呼び続ける彼女に微笑みながら、そっと頭を撫でる。
ストレートのセミロングは、俺が思っているより遥かに柔らかくて滑らかで、今まで意識すらしなかったシャンプーの香りに、胸がドキッと高鳴った。
「茜、聞いて?」
「ん……?」
「俺さ、ダサいし背も低いし、ずんぐりむっくりだし、女の子と付き合ったこともない、典型的なモテない男だ」
突飛もない話に、茜はむっくり身体を起こして、不思議そうにこちらを眺めた。
「何言い出すのよ」
「んー、だからさ、俺が言いたいのは、俺はまず間違いなく浮気の心配もないってこと」
続けて「ホモじゃねえし」と冗談めかして見たけれど、茜は一向に笑わなかった。
そして、彼女の鼻から鼻水が垂れてきて、それが何だかとても愛おしくなってくる。
「…………」
「加えて俺は、ギャンブルも興味無いし、タバコも吸わない、酒は嗜む程度だ。……そりゃ仕事は高給取りとは言えないけど、それなりにボーナスも出してくれる会社に勤めているし、金がかかるような趣味も無いから、貯金はしやすいと思う」
淡々と話している俺とは対照的に、茜はまた顔をクシャクシャにして、何度も俺の言葉に頷いている。
そんな涙で濡れた彼女の頬をそっと包んでから、
「どう見ても俺はお買い得だから、無駄なオトコ探しはやめて、この辺で手を打っとけ」
と、そっと彼女の身体を抱き寄せた。
もう、「男ができない」と泣きながら愚痴らなくてもいい。
俺がずっと隣で、バカをやってお前を笑わせ続けてやるから。
静まり返った部屋の中は、涙声で何度も俺の名前を呼ぶ茜の声を聞きながら、俺は心の中でそう誓っていた。