カピバラと俺-8
すると、一気に部屋の中が静まり返った。
世界中で、動いているのは俺達だけと錯覚してしまうほどの静けさの中、互いの吐息の音だけがやけに耳を刺激した。
目の前の茜は、小さな瞳をこれ以上無いってくらいに見開いて、俺をガン見したまま固まって。
半開きになった口元から、ちらりと覗く大きな歯は、やっぱりカピバラで。
そんな間抜けな彼女の顔に俺はクスリと笑った。
「すげえ間抜けな顔」
「だ、だって……アンタ、それって……」
皆まで言うのが恥ずかしいのか、一気に顔を赤くする茜はすごく挙動不審だった。
意識なんてしたこともない幼馴染同士。
まあ、一度だけ、茜が俺に告白してきたことはあったけど、でもその時の俺は、茜が男に振られ過ぎて血迷っただけってのもわかっていたし、俺は俺で茜を女として意識してなかったから、結局それは茜がメダパニとかコンフュにかかってしまったということにして、友達に戻ったけれど。
でも、今の俺の言葉は、血迷ったわけでも同情で言ってるわけでもないってのが、自分自身よくわかっていた。
「なあ、茜」
「……何よ」
「俺な、お前に彼氏が出来たって聞いた時、すげえ変な気持ちになったんだ」
「変な気持ち……?」
「友達が幸せになったんだから、喜ばしいことなのに……なんだか……嬉しくねえんだよ。友達の鈴木に彼女が出来た時は素直に喜んでやれたのに、お前ののろけ話を聞くだけで、心がモヤモヤしてばかりでさ。自分が……その……すごく嫌な奴になっていくのがわかった」
「……元気」
なんだろう、暖房もつけてない寒い部屋の中なのに、話しているうちにますます汗がジワリと滲んでくる。
しゃべりは得意なはずの俺なのに、なんだか徐々に舌がもつれてうまくしゃべれなくなってくる。
言いたいことはなんでも言ってきた間柄なのに、どうしてうまく喋れないのだろう。
そんな、しどろもどろになっている俺を、茜は茶化すことなく、ただ神妙な顔で待っていた。