カピバラと俺-10
「元気ー、遅い!」
駅の改札口で勢いよく手を振る茜に、小走りで駆け寄っていく。
どんなに人ごみの中でも茜の姿を見つけることができるのは、茜が目立つからか、はたまた俺に茜センサーみたいなものが搭載されているのか。
珍しくスカートなんか履いてる茜の姿に気付いて、思わず相好を崩す。
茜の奴、デートだからめかしこんできたのかな。
「もう、9時待ち合わせって言ったじゃん」
「悪ぃ、昨日遅くまで残業だったから……」
上目遣いで、俺を軽く睨む彼女はやっぱりカピバラで、お世辞にも可愛いとは言えないけれど、それがまた、可愛い。
あれから俺達は、唯の幼馴染から彼氏彼女の間柄に昇格したわけだが、何せ俺は女の子と付き合うのは初めてだ。
いくら茜とは気心が知れているからといって、急に男と女を意識するのはなかなか難易度が高い。
それは茜も同じだったようで、俺達は今までとなんら変わらない関係を続けていた。
でも、ちょっぴり変化は、ある。
「ほら、元気」
促されて視線を落とせば、クリームパンみたいな手が差し出されていて。
そして俺もまた、彼女の手に自分の手を重ねるのだった。
「今日はどこ行くか、考えてるの?」
待ち合わせだけして、目的すら決めていない、行き当たりバッタリのデート。
恋愛マニュアルのようなものがあるとすれば、こういうデートはアウトだろう。
でも、俺は茜がいてくれたら、例え漫画喫茶でも、スーパーに買い物でも、楽しいと思うんだ。
「んー、どうすっかな」
今日は、割と暖かく、天気もいい。
眩しい空に目を細めてしばらく考えていた俺は、頭の中で電球が光った。
うん、あそこがいい。
そう1人で結論を出すと、おもむろに茜の方に向き直った。
「動物園がいい」
「え、動物園?」
俺の答えが意外だったのか、キョトンと目を丸くしてこちらを見やる茜に、ヒヒヒと歯を見せ笑う。
ああ、やっぱりそっくりだ。
脳内に過るのは、のほほんとした風体の動物の姿。
そんな癒やし系なあの動物を思い浮かべるだけで、たまらなく顔がニヤけてくる。
「うん。俺な、好きな動物がいてさ、一度生で見てみたかったんだよ」
「へえ、なんか動物園って結構意外だね。何の動物を見たいの?」
不思議そうにこちらの顔を眺めている茜に、イタズラっぽく笑った俺は、繋いだ手にキュッと力を込めてやってから、口を開いた。
「カピバラが見てぇ」
〜end〜