『月陽炎~真章・銀恋歌~』-31
32 柚鈴がそそくさと自分の部屋に戻って行った後、悠志郎はようやく自分の布団に潜り込んだ。
そろそろ本当に寝ないと、明日は寝過ごしてしまうだろう。
だが、まだ柚鈴を抱いた興奮が収まらないのか、中々寝付くことができない。
目を閉じても、すぐに柚鈴のことが頭に浮かんでくるのだ。
可愛い仕草……そして甘い声。
柚鈴もだんだん女らしくなってきたというか……いやらしくなってきた。
まだ成長途中だろうが、あの程よい肉付きを想像しただけで、悠志郎のモノは再び元気になってしまいそうだ。
……いかん、いかん。
いい加減に神職者らしからぬ破廉恥な妄想は止めて寝ようとするのだが、そう考えれば考えるほど目が冴えてしまう。
こんな時……普通の男ならば夜這いのひとつもかけるところだが、生憎と悠志郎には暗い所が恐いという、非常に男らしくない点があるのだ。
まあ、夜這いはともかく……夜、障子の向こうにひとりで出られないというのは、本当になんとか克服したいところであった。
『……っ!?』
意識が淫らな妄想から現実的な恐怖へと変わった時、障子の外から、なにか音が聞こえてきたような気がした。
ひた……ひた……ひた……
幻聴だと思い込もうとした悠志郎の耳には、確かに近付いてくる足音が聞こえる。
恐る恐る廊下の方を見ると、障子越しに……月明りに照らされた長い髪をした女性の影が映し出されていた。
気のせいか、その影はぼんやりと青白い光を放っているようだ。
『だ、誰ですか……っ!こっ、こここんな夜中になんのご用ですっ!?』
障子も窓も閉めているというのに、生暖かい空気が流れ込んで来るような気がする。
なんだか、鉛を飲み込んだように腹が重たい。
霊気……とやらを感じるのか、全身が粟立っていくのが分かった。
『い、悪戯はやめてください!こんなことをするのは……どうせ美月でしょう!?』
脅えのせいで声は裏返っていたが、悠志郎ははっきりと聞こえるように影に向かって言い放つ。
だが……どんなに待っても返事はなかった。
時折たなびく風に、その髪を揺らしながら沈黙を続ける。
髪の長い女性と言えば、有馬家の女性は全員そうだ。
悠志郎の弱点を知っている柚鈴がこんな悪質な冗談をやるとは思えないので、やはり思いつくのは美月しかいない。
だが、美月ならそろそろ面白がって笑い出してもいい頃だ。
それに……美月はこんな重圧を醸し出せるような娘ではない……。
『……っ!?』
……すると……もしかして……
『うふっ……うふふふっ……うふふふっ……』
微かに聞こえてくる声。
それはとても人間のものとは思えず、悠志郎は悲鳴を上げて布団の中に潜り込んだ。
外から聞こえてくる雀の鳴き声に、悠志郎はそっと瞼を開けた。
いつの間にか夜が明けているようだ。
ぼうっとする頭を抱えたまま手探りで枕元の懐中時計を拾い上げて見ると、いつもの起床時間よりも半刻ほど早かった。
寝たのか寝ていないのか、分からないような夜だった。
『……これは完全に寝不足ですね』
悠志郎はひとりごちて小さく頭を振る。
頭の芯が重いような気がしたが、もう一度寝直すような気分ではなかった。
それに……目を閉じれば、昨夜の不気味な人影を思い出してしまいそうだ。
……あれはなんだったんだろう?
こうして朝の日差しの中に身を置くと、まるで夢であったかのようである。
だが、あれは断じて夢ではない。
『ううっ……』
……いかん、もう……思い返すのはやめよう。
悠志郎は気分を変えようと布団を出て着替えると、顔を洗うために部屋を出た。
『ふんふふ〜んふんふんふふふ〜〜ん♪』
台所の側まで来ると、中から可愛らしい柚鈴の鼻歌が聞こえてきた。
ちらりと中を盗み見れば、大根をじゃぶじゃぶと洗う後ろ姿が見える。
いつもより早く起きた時は、葉桐の代わりに焚き出しをしているようだ。
『ふん〜ふふふ〜ん〜♪』
鼻歌に合わせて柚鈴の小さく可愛い尻が上下に揺れている。
その程よい肉づきの尻を見つめていると、悠志郎はむらむらと情欲が湧いてくるのを感じた。
……こんな気分の優れない時は柚鈴を感じるのが一番だ。
無理やりに理由をこじつけると、悠志郎は廊下の左右を見まわし、誰も起き出してくる気配がないことを確認して、そっと音を立てないように柚鈴の背後へと近寄っていった。
背後にたどり着いた時……。
柚鈴は包丁を取り出し大根を切り始めようとしていたところであった。