『月陽炎~真章・銀恋歌~』-22
23 ……二分後。
『ゆ、柚鈴っ?そ、そこにいますか?』
『もうっ……もうっ……!ちゃんといますっ!』
『ダメですよ?そこからどっか行っちゃダメですよ!?』
便所の外から聞こえてくる柚鈴の声に安堵しながら、悠志郎はようやく用を足すことができた。
限界まで我慢していたので、いつもより長く時間が掛かる。
『もう……は、早くしてくださいっ!』
『ああ、柚鈴もしたいのですか?』
『違いますっ!!』
『そんなに怒らないでくださいよ、私にとっては生死に係わる問題だったんですから』
やっと便所から出てきた悠志郎は、隣にある手水で手を洗った。
『怒りますっ!もう……私……本当に心配したのにっ』
『だから何度も謝っているでは……うわっ!』
不意に柚鈴の背後、母屋の方で影が動く。
驚いた悠志郎は、思わず目の前にいた柚鈴に抱き付いてしまった。
『もう、夜中に何やってんのよ?』
現れたのは幽霊でもなんでもなく、悠志郎たちの声に気付いた美月だったようだ。
『まったく……痴話喧嘩なら明日にしてよね』
『ち、ちがうっ!そんなんじゃないもんっ!』
『どこが違うってのよ』
美月は抱きついたままの悠志郎を冷ややかな目で見つめる。
柚鈴はようやく気付いたように、慌てて悠志郎から身体を離した。
『こ、これは……えと……』
『美月こそ、こんな時間になにをしていたのですか?』
相手が幽霊の類でないと分かり、冷静さを取り戻した悠志郎は、美月が寝間着姿ではないことに気付いた。
『あはは……ちょっと眠れなくて……ね』
……まあ、毎日のように昼寝をしていればそうなるかも。
蹴りを恐れてそんな言葉を飲み込んだ悠志郎に、美月は珍しく真剣な表情を向ける。
『ん……あのさ……悠志郎……』
『はい?』
『ん……やっぱいい。もう寝るね。おやすみ、柚鈴、悠志郎』
何かを言いかけたまま、美月は身を翻して母屋の中へと消えた。
その姿を見送りながら、柚鈴が心配そうに呟く。
『美月……大丈夫かな……?』
『大丈夫とは……?』
『美月、貧血とかでよく寝込んじゃうんです。だから……』
『貧血……?』
なんだか意外だった。
あれほど元気に見える美月が、そんな持病を持っていたとは初耳だ。
もしかして、寝起きが悪いのもそれが関係しているのだろうか?
悠志郎は、ふと嫌な予感を覚えた……。
『こんな様子が続くようなら、一度医者に診てもらった方がいいかもしれませんね……。診てもらってなんともなければ、それに越したことはありませんし』
『そう……ですよね……』
柚鈴は小さく頷いた。
この件は葉桐か鈴香にでも相談した方がよさそうだ。
もっとも、すべては翌朝になってからの話である。
『さ、私たちも寝ましょうかね』
『はい』
『……部屋まで送ってくださいね?』
『……はいはい』
溜め息をついた柚鈴に連れられて、悠志郎はなんとか部屋まで戻ることができた。