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『月陽炎~真章・銀恋歌~』
【二次創作 官能小説】

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『月陽炎~真章・銀恋歌~』-21

22 夕暮れ時……。

双葉と別れた悠志郎と柚鈴は、ふたりで神社の長い石段を登っていた。

あれから柚鈴はすぐに目を覚ましたものの、倒れる前後の記憶がすっぽりと抜け落ちており、あの僧とおぼしき男と出会ったことはまるで覚えていなかった。

妙な出来事ではあったが、柚鈴が外へ出ることに対する意欲を失わなかったのが救いだ。

もう一度外へ行こうと言い出す柚鈴に、またいつでも連れて行くという約束で家に戻ることに同意させたほどであった。

……しかし、あの男……妙に気になる。

柚鈴の反応だけではない。
悠志郎は、あの僧形の男にどこかで会ったことがあるような気がしてならなかった。
だが、それがいつのことであるのかは、まったく思い出せないのだ。

『ん……?』

遠い記憶を探っていた悠志郎は、ふと自分を見つめている柚鈴の視線に気付いた。

『柚鈴、どうしました……?』

『あっ……あの……えっと……い、いえっ!なんでも……ないです……』

柚鈴は大きく首を振ると慌てて俯いた。
そんな彼女の頬が赤く染まって見えるのは、夕陽のせいだけではないようだ。

柚鈴は時折ちらちらと悠志郎を見るが、目が合うと恥ずかしそうにまた視線を逸らしてしまう。

……これじゃ、まるで好きあった者同士のようじゃないか。

悠志郎は自分の思いつきに動揺してしまった。

『あ、ああ……そうだ』

悠志郎はなんとなく妙になってしまった雰囲気から逃げ出すかのように、懐から琥珀の首飾りを取り出した。

『これを……さっきあなたが落としたものです』

『あ……』

柚鈴は首飾りを受け取ると、大事そうに両手で包み込んだ。

『これは……母様の形見なんです』

柚鈴を産んですぐに亡くなった本当の母親、沙久耶のことは鈴香から聞いていた。

葉桐を自分の母親だと認めてはいても、やはり心のどこかでは、顔も知らない実母に対する思慕の想いを捨てきることができないようだ。

『お守り代わりにいつも持ってるんです』

『そうですか……では、大切にしないといけませんね』

『はい』

柚鈴は笑顔で頷き返すと、首飾りをそっと懐に入れた。
その後も無言のまま、ゆっくりと柚鈴の歩調に合わせて家路をたどる。

言葉こそないけれど、こうしてふたりで歩いているだけで、なんだかとても温かな気持ちであった。

ふと袖になにか触れるものを感じる。
見ると柚鈴はさっきまでそうしていたように、そっと悠志郎の袖を握っていた。

『柚鈴……?』

『あの……やっぱり……こうしていた方が……私……あの……駄目でしょうか……?』

柚鈴の可愛い仕草に、とくん……と悠志郎の胸が高鳴った。
返事の代わりに、袖を掴んだ小さな手を優しく握りしめる。

『あっ……ゆ、悠志郎さん……』

柚鈴の温かな手の感触に、胸の高鳴りがなんだか大きくなっていくような気がする。

真っ赤になって俯いてしまった柚鈴は、嫌がる様子もなく悠志郎の手をきゅっと握り返してきた。

その日の夜遅く……。

自室にいた悠志郎は、絶体絶命の危機に陥っていた、

『ぐっ……ぬぉっ……』

今までこんな失態を犯したことはなかったのだが、ついつい柚鈴のことや夕暮れ時に会った男のことなどを考えていて忘れてしまっていたのである。

皆が寝静まってしまう前に便所に行くことを……。

相手が人間であれば肝の据わった対応を見せる悠志郎だが、唯一、怪談の類はからっきしであった。

特別に理由があるわけではない。
我ながら情けないと思うのだが、理屈ではなく、夜や暗闇が恐いのだ。

だが、生理現象はそんな悠志郎の思いなど微塵も考えてくれはしない。
脂汗をかきながら、誰かが起き出して来るのをひたすら待つしか手立てがなかった。

『おお……うご……ぬぉぉ……!』

そろそろ我慢も限界に達しようという時、

『悠志郎さん!?どうしたんですか、悠志郎さん!?入りますよ?』

部屋の中で妙な呻き声を上げる悠志郎に気付いたのだろう。
不意に障子が開いて、柚鈴が姿を見せた。

『きゃぁっ!悠志郎さんっ!』

部屋の中でのたうちまわっている悠志郎を見て、柚鈴は悲鳴を上げた。

『おお、神よ……私の願いを聞いてくれたのですね』

『悠志郎さんっ!一体どうしちゃったんですかっ!!お、お医者様を……』

『い、いや……柚鈴……どこにも行かずに私の話を……』

慌てて部屋を出て行こうとする柚鈴を、悠志郎は必死に呼び止める。

『だって……だってっ……悠志郎さんがっ!』

『た、頼みます……一生に一度の願い……聞いて頂けませんか……?』

悠志郎はかすれた声で、柚鈴に後生の願いを告げた。


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